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Monday, January 31, 2005

1/30 コンサドーレ札幌vsホンダロック(練習試合)

スポーツランドみやざき
 宮崎県が最近、力を入れて推進している「スポーツランドみやざき構想」。これは宮崎県の温暖な気候、木花の運動公園など充実したスポーツ施設、プロ野球読売ジャイアンツのキャンプなどで培ってきた経験を活かしたものだ。各種スポーツの行事やキャンプ(合宿)を増やすことで、スポーツを通じた交流や観光、経済効果を狙っている。県民自身の運動も構想には入っているけど、これは正直ピンと来ない(成果はまだ少ない?)。
 この「スポーツランドみやざき構想」、自分は宮崎県民として良いもの、楽しみなものとして受け取っている。宮崎は(というか鹿児島も含めた南九州は)プロスポーツや公営競技と縁遠い。プロ野球チームはいない。サッカーJリーグについては蚊帳の外(大分、福岡、佐賀にはJチームがあるし、熊本と長崎ではJリーグを目指す動きがある)。相撲は来ない。競馬も競艇も競輪もない(場外発売所はある)。宮崎で誇れるものは…え~と…子供の頃はマラソンの旭化成、ゴルフのダンロップフェニックストーナメントだったかなぁ…。とにかく、県民所有のものが宮崎にはない(と思う)。
 だからこの構想が、いろんなスポーツのキャンプが行われるのが楽しみ。間近に見れる、楽しめる絶好の機会だから。宮崎が注目を浴びるのも気分がいい。
 有名なのはプロ野球のキャンプだけど、サッカーのキャンプも多い。今年はJリーグが10チーム、韓国Kリーグが1チーム。1月には日本代表が合宿したし、2月中旬にはU-20日本代表がキャンプを行う。2002年のW杯ではドイツとスウェーデンがキャンプした。宮崎って、じつはサッカーキャンプの王国?
 練習試合ももちろん、数多く行われる(詳しい情報はここを)。ウチの近所は、キャンプ地の1つであるシーガイア。サッカーの試合を生で観るのはサッカー部だった高校時代からなかったし、実業団レベルだと中学のときに観た日産の試合以来(エースは木村和司だった)。というわけで、チャリンコこいで行ってきた。

コンサドーレ札幌(J2)とホンダロック(JFL)】
 まずは、今回対戦したチームについて。
 コンサドーレ札幌はJ2で、昨年は12位(最下位)。ホンダロックは宮崎のアマチュアチーム。昨年の九州リーグを優勝し、全国地域リーグ決勝で3位になり、今年からはJFLに昇格する。
 じつは両チーム、昨年秋の天皇賞…じゃなくて、天皇杯3回戦で対戦している。結果は2-1で札幌の勝利だったけど、延長にもつれての接戦だった。自分は「ホンダロックってけっこう強いっちゃろか? 惜しかったなぁ」なんて思った。
 というわけで、いちおう再戦です。

国際海浜エントランスプラザ 多目的広場
 コンサドーレがキャンプしている国際海浜エントランスプラザはシーガイアの近く、フローランテ宮崎の南側にある。2002年W杯で準優勝したドイツがキャンプした場所であり、記念碑が置かれている。これは必見。
2002W杯準優勝ドイツ代表の記念碑 コンサドーレを歓迎する看板
右に見えるのがシェラトン・グランデ 緑のきれいなグランド

【練習試合・前半(1本目&2本目)】
 自分が着いたのは11:20。開始予定が10:30。自分が来てからピッチの入れ替えが2度あったので「45分ハーフじゃなくて、30分の4本?」と思ったんだけど、どうやらその通りだったらしい。
 グランドの東側が小高い丘のようになっており、そこで200人近くのファンが試合を観ている。間近で観られるのはうれしい。応援とかなく、みんなのんびり楽しんでいた。
 試合を観る……選手の顔と名前が全然わからん(-_-; サッカーから10年以上離れているので、すいぶんと忘れてしまっている。戦術的な知識は10年前で止まってるし(あの頃は3-3-3-1のスイーパーシステムでしたな)。漠然と眺めてた…。
 それにしても、芝生のきれいなグランドだ。うらやましい。中学高校はほとんど土のグランドで、芝生は総合運動公園で大会があるときぐらいだった。しかも、補助球技場とかラグビー場は芝の状態が悪かったし…。
 自分が来てから(2本目の途中から)札幌が1点を取った。まだこの時点では両チームの違いはあまりないように感じた…。
試合場全景 ボールをクリアするホンダロックDF
反撃に転じるホンダロック 観戦中の人たち

【練習試合・後半(3本目&4本目)】
 休憩になり、控えの選手たちがグランドでちょっと練習してから試合再開。
 3本目は0-0。ただ、札幌のボール支配率が多く、素人目に見ても札幌が上かな…と感じた。そして、4本目は札幌が3-1。札幌が立て続けに得点する場面もあった。「せめて1点は返せよ~」と思ってたら、終了前にホンダロックが1点返した。5-1で札幌の勝利。
 札幌はさすがにJ2かな~と。ホンダロックよりは強かった。ホンダロックはDFがヘッドでクリアしたボールを敵の目の前に落としたり、得点機会を潰すことがあった。
 選手を入れ替えながら、そしてこういう形式の練習試合なので本気度は100%ではなかったけど、それでも楽しかった。審判に食って掛かったり、ヒートアップしてる選手もいたし。やっぱり、ライブが一番だよなぁ(^-^;
 練習試合、できるだけ足を運ぶつもりっす( ゚Д゚)y─┛~~プカー
休憩中に練習する控えメンバー DFから攻め上がるコンサドーレ
コンサドーレのフリーキック ファンに挨拶するホンダロックイレヴン

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Thursday, January 20, 2005

西高東低――女性騎手のその後

 (これは、10/20に荒尾で行われた全日本レディースカップの後の成績の変化をもとに、女性騎手の現状などを考えてみるものです)

 10月20日に荒尾競馬場で行われた全日本レディース招待競走。朝の記者会見で「女性騎手が交流する意義は?」という質問があった。北海道の佐々木明美JKが悩みに悩んで、こう答えた。「女性というハンデを持ってレースをしてますけど、お互いに刺激にもなりますし、女性のレースのレベルや向上心が上がったり。そういう面ではいいことだと思います」と。
 その言葉どおりになったのだろうか? そうならば10月20日以降に何かしら変化が出ているはず。
 というわけで、全日本レディースに参加していた騎手たちの成績を調べてみた。10月20日以前のものと、2ヵ月以上経過した後の成績を。「勝ち星はいくつ挙げているか?」「騎乗回数はどうか?」「今年の勝率や連対率は上がっているか?」という視点でちょっとした評価も付けてみた。
 参加しなかった女性騎手2人――ばんえいの佐藤希世子JK、レディースの4日前にデビューした岩手の皆川真由美JKの成績も調べた。あと、女性ではないけど、3年半前にデビューしてから未だに未勝利の某騎手もオマケで。

≪全日本レディース参加騎手≫
【牧原由貴子(JRA美浦)】9/21 → 12/20(地方での成績除く)
 本年 2勝/22回(勝率9.1%、連対率13.6%) → 2勝/36回(勝率5.6%、連対率8.3%)
 通算 34勝/779回(勝率4.4%、連対率8.6%)
                → 34勝/793回(勝率4.3%、連対率8.4%)
 ※ダウン評価。騎乗数が少なく、荒尾以降勝ち星をあげていない。
【西原玲奈(JRA栗東)】10/12 → 12/27(地方での成績除く)
 本年 1勝/34回(勝率2.9%、連対率5.9%) → 1勝/40回(勝率2.5%、連対率5.0%)
 通算 17勝/496回(勝率3.4%、連対率5.8%)
                → 17勝/502回(勝率3.4%、連対率5.8%)
 ※ダウン評価。2ヵ月半で騎乗数が6回だけ。騎手として危機状態?
佐々木明美(北海道)】10/19 → 12/27
 本年 6勝/237回(勝率2.5%、連対率10.1%)
                → 7勝/270回(勝率2.6%、連対率9.3%)
 通算 148勝/2625回(勝率5.6%、連対率12.1%)
                → 149勝/2658回(勝率5.6%、連対率12.0%)
 ※評価変わらず。荒尾の後に1勝している。
笹木美典(北海道)】10/19 → 12/27
 本年 4勝/156回(勝率2.6%、連対率4.5%)
                → 5勝/184回(勝率2.7%、連対率4.9%)
 通算 6勝/260回(勝率2.3%、連対率4.6%)
                → 7勝/288回(勝率2.4%、連対率4.9%)
 ※評価変わらず。荒尾の後に1勝している。
千田和江(岩手)】10/19 → 12/27
 本年 4勝/46回(勝率8.7%、連対率13.0%)
                → 4勝/65回(勝率6.2%、連対率12.3%)
 通算 10勝/144回(勝率6.9%、連対率9.0%)
                → 10勝/163回(勝率6.1%、連対率9.2%)
 ※ダウン評価。荒尾の後は未勝利。
赤見千尋(高崎)】10/19 → 12/27
 本年 14勝/192回(勝率7.3%、連対率10.9%)
                → 16勝/241回(勝率6.6%、連対率10.0%)
 通算 86勝/1969回(勝率4.3%、連対率9.0%)
                → 88勝/2018回(勝率4.4%、連対率9.5%)
 ※評価変わらず。騎乗数はそこそこで、2勝している。
牛房由美子(浦和)】10/19 → 12/27
 本年 0勝/51回(勝率0.0%、連対率0.0%) → 0勝/58回(勝率0.0%、連対率0.0%)
 通算 16勝/273回(勝率5.9%、連対率8.1%)
                → 16勝/280回(勝率5.7%、連対率6.9%)
 ※下がりようのない最低評価。今年は折笠と同じ。荒尾では3着があったけど。
平山真希(浦和)】10/19 → 12/27
 本年 3勝/77回(勝率3.9%、連対率10.4%)
                → 3勝/92回(勝率3.3%、連対率9.8%)
 通算 17勝/440回(勝率3.9%、連対率10.9%)
                → 17勝/455回(勝率3.7%、連対率10.8%)
 ※ダウン評価。同じ浦和でも、折笠や牛房よりはマシだけど。
宮下瞳(名古屋)】10/19 → 12/27
 本年 34勝/475回(勝率7.2%、連対率14.5%)
                → 45勝/605回(勝率7.4%、連対率14.7%)
 通算 290勝/4214回(勝率6.9%、連対率15.1%)
                → 301勝/4344回(勝率6.9%、連対率15.1%)
 ※アップ評価。例年以上で、荒尾以後もグッド。全日本アラブGPにも参戦。
佐藤徳子(福山)】10/19 → 12/27
 本年 7勝/57回(勝率12.3%、連対率17.5%)
                → 10勝/70回(勝率14.3%、連対率20.0%)
 通算 112勝/1317回(勝率8.5%、連対率17.2%)
                → 115勝/1330回(勝率8.6%、連対率17.3%)
 ※アップ評価。勝率の高さは女性騎手ナンバー1。
岩永千明(荒尾)】10/19 → 12/27
 本年&通算 14勝/113回(勝率12.4%、連対率28.3%)
                → 22勝/184回(勝率12.0%、連対率26.6%)
 ※アップ評価。アレの後も勝ち星を重ねて20勝達成。連対率の高さはナンバー1。
≪現役参考≫
佐藤希世子(ばんえい)】12/27
 本年 9勝/138回(勝率6.5%、連対率23.9%)
 通算 68勝/742回(勝率9.2%、連対率22.4%)
 ※デビュー直後はテレビにも取りあげられた。騎乗数は以前より減った。
皆川真由美(岩手)】12/27
 本年&通算 0勝/23回(勝率0.0%、連対率4.3%)
 ※2004年10月16日デビュー。12月に入って2着1回。
折笠豊和(浦和)】12/27
 本年 0勝/86回(勝率0.0%、連対率0.0%)
 通算 0勝/237回(勝率0.0%、連対率2.5%)
 ※2001年6月デビュー、冨田厩舎所属の未勝利騎手。2004年は3着さえ無し。

 勝ち星を挙げているのが宮下(11勝)、岩永(8勝)、佐藤(3勝)、赤見(2勝)、佐々木(1勝)、笹木(1勝)。騎乗回数は宮下130回、岩永71回、赤見49回、佐々木33回(北海道は11月でシーズン終了)、笹木28回(11月でシーズン終了)、千田19回、平山15回、佐藤13回、牧原14回、牛房7回、西原6回。年間勝率アップは佐々木、笹木、宮下、佐藤。連対率アップは笹木、宮下、佐藤。
 一番評価したいのは騎乗数、勝利数ともに断トツで、勝率も連対率も(少しだけ)上がっている宮下JK。福山の全日本アラブグランプリに参戦するなど、女性騎手では一番の活躍と言っていい。つづいて、レディース優勝者の岩永JK。騎乗数にも恵まれ、デビュー半年ほどで20勝をクリアした(3年半で0勝の騎手もいるのにね…)。騎乗回数は少ないものの、3勝を挙げている佐藤JKもなかなか。赤見JKは騎乗回数のわりには勝ち星が少ない。北海道の2人は11月でシーズンが終わっているので、評価はとりあえず変わらず。他の騎手は勝利を挙げていないし、騎乗数も少ないので、良い評価はできない。
 アップ評価は西日本の3人のみ(JRAの西は除く)。東日本のほうが騎手の数は多いけど、女性騎手は「西高東低」という状況だ。
 そして…。残念ながら、佐々木騎手の言葉どおりにはなっていなかった。刺激になったとも、女性のレースのレベルや向上心が上がったとも思えない結果だ。

 女性騎手たちの、各地でのリーディング順位を調べてみた。

≪リーディング≫12/27
牧原由貴子(JRA美浦) 140位/166人
西原玲奈(JRA栗東) 153位/166人
佐藤希世子(ばんえい) 28位/34人
佐々木明美(北海道) 25位/30人
笹木美典(北海道) 27位/30人
千田和江(岩手) 33位/38人
皆川真由美(岩手) 37位/38人
赤見千尋(高崎) 12位/18人(北関26位/36人)
牛房由美子(浦和) 16位/17人(南関100位以下)
平山真希(浦和) 14位/17人(南関100位以下)
折笠豊和(浦和) 17位/17人(南関100位以下)
宮下瞳(名古屋) 13位/30人(東海21位/57人)
佐藤徳子(福山) 22位/25人
岩永千明(荒尾) 16位/25人(九州32位/50人)

 ほとんどがリーディング下位で、下から数えるほうが早い。これが女性騎手の現状だ。
 健闘と言えるのは宮下JKと岩永JKの2人のみ(甘く見れば赤見JKも)。岩永JKは5月デビューなので、16位という順位を額面どおりには受け取れない。彼女のペースは年間約37勝に相当するもので、これはリーディング12位に位置づけできる。
 それにしても、女性騎手はどうしてこうも苦戦しているのだろうか。所属厩舎の成績が悪いから? 所属厩舎のリーディングを調べてみた。

≪所属厩舎のリーディング≫
JRA美浦・増沢末(牧原由貴子) 51位/227厩舎
JRA栗東・須貝彦(西原玲奈) 40位/227厩舎
ばんえい・尾瀬富(佐藤希世子) 6位/40厩舎
北海道・若松平(佐々木明美) 9位/41厩舎
北海道・中村光(笹木美典) 22位/41厩舎
岩手・菅原右(千田和江) 3位/44厩舎
岩手・千田知(皆川真由美) 28位/44厩舎
高崎・畠中正(赤見千尋) 31位/38厩舎(北関66位/83厩舎)
浦和・牛房榮(牛房由美子) 32位/38厩舎(南関100位以下)
浦和・広瀬龍(平山真希) 35位/38厩舎(南関100位以下)
浦和・冨田藤(折笠豊和) 27位/38厩舎(南関100位以下)
名古屋・竹口勝(宮下瞳) 31位/52厩舎(東海48位/88厩舎)
福山・戸川吉(佐藤徳子) 16位/35厩舎
荒尾・幣旗治(岩永千明) 6位/25厩舎(九州9位/62厩舎)

 リーディング上位の厩舎もある。成績の奮わないばんえいの佐藤JK、岩手の千田JKはそういう厩舎に所属している。彼女たちは(競走馬の質、量ともに)機会を与えてもらっていない、もしくは応えていないということなのだろう。
 宮下JKは所属厩舎よりも多い勝ち星を稼いでいる(つまり、他厩舎の馬でも勝っているということ)。
 というわけで、厩舎の成績とは関係ないようだ。厩舎と何か関係あるとすれば、調教師の「人を育てよう」とする気概と上手さではないだろうか。

 女性騎手が苦戦している理由。2つ考えられる。
 1つ目は「騎手としてのスキルが低い」。それは騎乗技術、体力、判断力、闘争心など総合的なことで。ランク下位の騎手だと騎乗機会が減るので、技術を上げたり、経験を積む機会も減るという悪循環に陥る。JRAの2名なんかは思いっきりはまっている。
 2つ目は「女性というハンデ」。これは、最初に触れた記者会見で佐々木JKが使っていた言葉だ。サラブnet2001年8月10日のコラム「女性騎手、懸命の手綱・中央競馬にわずか5人」にこうある。

 競馬界、特にトレセンの中は、今時珍しい男性優位社会。JRAでは女性調教師はゼロ、調教助手やきゅう務員を合わせても約100人に過ぎない。同程度の技量の持ち主でも、女性騎手にはより高いハードルがある。
 女性騎手への偏見や男性が優位に見られる(もしくは扱われる)ことが多いのだろう。真っ先に思いつくのは騎乗確保のための営業面での苦労。人脈を築くだけでも、思っているよりも大変なのかもしれない。
 引退した女性騎手のデータを調べてみた(JRAの騎手や、通算350勝の吉岡牧子元騎手(益田)のは入れてないけど…)。

≪引退参考≫
辻本由美(ばんえい) 50勝/415回(勝率12.0%、連対率22.2%)
安田歩(北海道) 125勝/1468回(勝率8.5%、連対率18.4%)
石川夏子(岩手) 58勝/1118回(勝率5.2%、連対率11.4%)
佐々木亜紀(岩手) 29勝/773回(勝率3.8%、連対率8.7%)
藤塚聡子(新潟) 12勝/310回(勝率3.9%、連対率8.4%)
米田真由美(高崎) 149勝/1994回(勝率7.5%、連対率15.6%)
鈴木久美子(船橋) 14勝/423回(勝率3.3%、連対率6.6%)
鈴木千予(船橋) 5勝/275回(勝率1.8%、連対率5.1%)
溝邉悦代(船橋) 17勝/345回(勝率4.9%、連対率11.0%)
山本泉(大井) 2勝/243回(勝率0.8%、連対率3.3%)
戸川理彩(川崎) 21勝/489回(勝率4.3%、連対率9.2%)
宮岸由香(金沢) 108勝/1718回(勝率6.3%、連対率14.7%)
山上由紀子(金沢) 46勝/1014回(勝率4.5%、連対率11.1%)
中島広美(笠松) 120勝/1860回(勝率6.5%、連対率15.6%)
白津万里(福山) 46勝/1198回(勝率3.8%、連対率9.4%)
徳留五月(高知) 12勝/337回(勝率3.6%、連対率8.3%)
小田部雪(中津) 196勝/2754回(勝率7.1%、連対率16.3%)
篠田幸子(中津) 6勝/111回(勝率5.4%、連対率15.3%)

 ほぼ、平凡な成績に終わってしまっている。現役騎手のデータも含めてみると、JRAと南関東が特に奮わない(騎乗数の少なさに注目)。騎手の層が厚いこともあるけど、その地域の馬社会が大きいことも関係あるのだろうか。

 自分としては、女性騎手に活躍してほしい。活躍すれば、世間の注目や関心は同じレベルの男性騎手よりもずっと高いはずだ。ここまで「女性としてのハードル」に触れてきたけど、「女性だからこそのチャンス」もあるということだ。しかも中央競馬でなら、同じ男女平等の競技「競艇」での女性選手の活躍より大きいものなると思っている。

 ここで、競艇について触れておこう(ちなみに、自分は競艇の電話投票を持ってるけど、そんなには詳しくないっす…)。
 競艇は1952年4月6日に長崎県の大村競艇場で初めて開催された。この頃から女性の選手はすでにいて、現在は約1500人中約130人が女子。1割ほどで競馬よりはずっと多い。平均レベルは男子に劣るものの、日高逸子や山川美由紀などトップクラスは男相手でもヒケは取らない。2001年のSG・グランドチャンピオン決定戦では寺田千恵が優勝戦に進出している(1号艇だった。舟券しこたま買うもハズレ。進入が深すぎたんだっけ?)。女性だけの「女子リーグ戦」があり、2004年には23回行われている。頂点はGI・女子王座決定戦。レース体系も環境も、競馬よりはずっと女性に優しい…と思う。
 ランク下位の選手に対してはどうか? 宇野弥生という選手を見てみよう。数年前に16歳という、史上最年少でデビューした選手だ(テレビ番組でやってた)。クラスはB1で下のほう。昨年の賞金王・田中信一郎と女子のトップ・寺田千恵と比較してみるといい。1~6着それぞれの傾向がさすがに違う。しかし、出走回数に注目(2004年5月から半年間)。田中が114回、寺田が120回、宇野は72回。競馬での上位騎手と下位騎手ほどの開きはないはずだ(上位の選手でも競艇は1日に1回、もしくは2回出走だから…というのもあるけど)。2005年1月11日時点でのあっせん情報を見ると向う1ヶ月間で2シリーズ、日数にして9日間参戦する予定になっている。競艇は、競馬よりは下位の選手に優しい…と思う(でも、何かクリアできなかったら引退だったっけ?)。
 女性選手について、競艇が競馬よりも優れている点は3つ。「選手数が多い」「女性だけのシリーズがある」「下位でも出走機会は少なくない」である。

 これをヒントに、女性騎手が競馬で活躍するための方法を考えてみよう(長ったらしく書いてるから、脳味噌が疲れてきた('A`))。
 まずは「女性騎手の数が増える」。これは「調教師や厩務員など、競馬社会での女性の数が増えること」でもある。男性優位が変わるし、騎手の数さえ増えれば女性のスーパージョッキーが出てくる可能性も高まる(そんな騎手の登場が待ち遠しい。オッパイジョッキーなら尚GOODなのです('A`))。スーパージョッキーが出れば、それに憧れて騎手を志す子が増えて…という好循環にも入るだろう。
 次は「女性騎手の招待競走を増やす」。今は荒尾の全日本レディース招待が年1回行われるだけ。これを年4回でも6回でもいいので、各地でリーグ戦として行えないだろうか? 今回の検証で向上心アップにも刺激にもならないことがわかったけど、回数を増やせばちょっとは変わるかもしれない。少しでもいいので、女性騎手の騎乗機会や注目を浴びる機会を増やしたいというのもある。WSJSなんかと違ってランク下位の騎手によるものなので騎乗技術で魅せるというのはないけど、(全国発売もOKな)興行としてはいける。それは、あの荒尾の台風のなかでの盛り上がりを見て感じたことだ。
 3つ目は「若手騎手の実戦育成システム」。競艇だと主催者があっせんするので、若手でもランク下位でも出走機会には困らない。しかし、競馬では騎手の自力によるものが大きい。主催者レベルであからさまなことはできないし、することもないとは思う。JRAでは若手騎手だけのレースをやっていた。地方競馬でもキャリアの薄い騎手によるレースを、1日に1回だけでもやれないだろうか。
 騎手本人の努力が一番ではあるけど、女性としてのハードルは周りが低くしないといけない。

 最後に、今いる現役騎手について。
 JRAの2名は相当に厳しい。藤岡隊長風に言えば「う~~ん、厳しいぃ~。これは、厳しい…」。週に1回、人気の低い馬に乗ってるだけでは…。
 JRAだけでなく、南関など層の厚い地域の騎手もキツイだろう。
 赤見JKは高崎競馬廃止の日、最後のレースを勝って号泣していた。自分が見た6レースでは2着だったし、この日は大活躍。終わったあともずっとサインに応えたり、ゴーグルなどを配ったり…。12月7日の毎日新聞に彼女の記事が掲載されていたので見て欲しい。彼女の移籍情報は聞けなかった。
 宮下JKは、このペースなら年末か来年初めに吉岡牧子元騎手の通算350勝に届くはず。現在の第一人者なので、記録を達成しても続けてもらいたいとは思う。
 岩永JKは、荒尾に行ったとき「この競馬場の、みんなの娘なんだな~」と感じた。今現在は騎乗機会に恵まれているし、このまま順調に成長して欲しい。

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Wednesday, January 19, 2005

笠松競馬、問題シリーズ(1) 社説では「存続」、検討委員では「廃止」の新聞社

 社説とは個人の意見でなく、あくまでも新聞によるその時々最高と考えた結論である(「実践ジャーナリズム読本」、読売新聞社調査研究本部)――。
 2004年12月27日付けの中日新聞に「再生の手だてを尽くせ」というタイトルの社説が掲載された。まずは、この社説を読んでもらいたい(リンクをクリック♪)。ぶっちゃけ「地方競馬は瀕死の状況だけど使い捨てはダメ、関係者は存続に向けて頑張れ」ということか。存続を支持する内容である。
 批判の対象となっている「使い捨てへの論議」とは、笠松では「笠松競馬経営問題検討委員会」に当たる。同委員会は9月13日に「競馬事業を速やかに廃止すべき」という中間報告をまとめた。ある雑誌に載ったルポの言葉を借りれば、これが「激震」だったらしい。11月30日には同じ「廃止すべき」の最終結論をまとめている(民間参入については「具体案が出た段階で検討すべき」)。
 この検討委員会の委員28人の顔ぶれを見てみよう(敬称略)。
【経営診断専門家】
 加藤博(日本公認会計士協会岐阜県会長)
 丹下忠彰(名古屋税理士会岐阜南支部長)
【法律専門家】
 端元博保(岐阜県文書法務室法務顧問)(弁護士)
【学識経験者】
 大山勝(全国公営競馬主催者協議会専務理事)
 金城俊夫(岐阜大学名誉教授)
 昇秀樹(名城大学都市情報学部教授)
 吉田三郎(岐阜県環境審議会長・県老人クラブ連合会長)
【報道機関】
 金川五郎(岐阜新聞社編集局長)
 高島良樹(中日新聞社取締役・中日スポーツ総局長)
 古谷俊明(中日新聞社岐阜支社長 H16.9.31まで)
 金森昭夫(中日新聞社岐阜支社長 H16.10.1まで)
【経済界】
 大池裕(岐阜県農業協同組合中央会長)
 清水義之(岐阜県商工会議所連合会長 H16.10.31まで)
 小島伸夫(岐阜県商工会議所連合会長 H16.11.1から)
 辻正(岐阜県中小企業団体中央会長)
 山田良造(岐阜県商工会連合会長)
【観光レジャー】
 岩田光治(日本旅行業協会岐阜地区会長)
 桑田宜典(岐阜県観光連盟会長)
【県民代表・県議会】
 戸部一秋(岐阜県議会農林商工委員会委員長)
【県民代表・市議会】
 小林ひろし(岐阜県市議会議長会長)
【県民代表・町村議会】
 田中寿(岐阜県町村議長会長 H16.8.11まで)
 田中和義(岐阜県町村議長会長 H16.8.12から)
【県民代表・女性】
 金子輝子(岐阜県商工会女性部連合会長)
 森内幸(岐阜県商工会議所女性会連合会長)
 森川幸江(BPW岐阜クラブ会長)
【県民代表・青年】
 近藤謙次(岐阜県青年のつどい協議会理事長)
 堀恭敏(日本青年会議所岐阜ブロック協議会長)
【県民代表・高齢者】 
 (吉田三郎)(県老人クラブ連合会長)(学識経験者委員として就任)
 お気づきだろうか? 報道機関の代表として中日新聞社の幹部3人が加わっているのである。しかも、高島氏は廃止の中間報告を出した小委員会(8人)のメンバーでもある(岐阜新聞社の金川氏も)。
 幹部が3人いる検討委員会で「廃止」としながら、社説で「存続」を訴える――これはどういうことなのだろうか? 中日新聞社の代表が、社説で言うところの「使い捨ての議論」をしているのだ。この社説は、他にも首をかしげたくなる部分がいくつかある。

 じつは、1月5日に中日新聞社宛てに、今回書いたようなことをメールで送った。しかし、2週間経っても何の回答もない。じらしプレイなのか、放置プレイなのか、どっちかは知らないが…(相手にされてないだけ?)。僕ちゃん、我慢できなくなりました(ToT)
 「アナタ、どういうことなの? ふざけないで!」とツッコミたい報道機関の記事には気をつけたい(気になるコラムを見かけたし)。

 ところで。
 自分は首をかしげたくなる部分の疑問を1つの文に集約して、中日新聞社へのメールに次のように書いた。

 この社説を書かれた方や、笠松競馬の取材をされている方々は「笠松競馬経営改善計画策定委員会」というのはご存知なのでしょうか。
 「笠松競馬経営改善計画策定委員会」とは何か? それは第2回でギャガ━━Σ(゚д゚lll)━━ン!!! すんごく長くなるかもしれないけど、1週間以内には書きたい。挫折しそうな心にムチ打って…('A`)

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Sunday, January 16, 2005

無念の吹雪、笑顔の涙――切なく、でも明るく終わった高崎競馬

 2004年12月31日、群馬県の高崎競馬場が81年の歴史に幕を閉じました。競馬場の廃止は2000年以降、大分県の中津、新潟県の新潟と三条、島根県の益田(休止)、山形県の上山、栃木県の足利に次いで6つ目。2005年3月14日には栃木県の宇都宮競馬場も廃止してしまいます。飛行機の運賃が高い時期ではありますが、自分は遠い宮崎から高崎に行ってきました(チェックしてた居酒屋めぐりもしたかったし)。自分が見たり感じたりしたことを、ここで書かせていただきます。
 画像について一つだけ。当日は激しい雪が降っていたのですが、画像を小さくしたら雪の粒が潰れてしまいました。降雪の激しさが、この画像では伝わりにくくなっています。すみません(ToT)

【高崎競馬の開始から廃止までの流れ】
 高崎での洋式競馬は1895年(明治28年)9月、陸軍の高崎15連隊が日清戦争の戦勝祝賀競馬を200間(約400m)の円形馬場で開催したことから始まった。
 1923年(大正12年)には、高崎常設倶楽部が現在地に800m右回りの高崎競馬場を創設。翌年10月、群馬県畜産組合連合会が勝馬投票券ありの競馬を実施。これが高崎競馬81年間の幕開けとなった。現在の1200mの馬場は、1934年(昭和9年)に拡張されたものだ。
 戦争で中断するも、1945年(昭和20)年に復活。一県四市(群馬県、高崎市、前橋市、伊勢崎市、太田市)で主催するなど紆余曲折を経て、1968年(昭和43年)3月に競馬組合の構成団体が群馬県と高崎市に落ち着いた。
 1976年(昭和51年)には境町トレーニングセンターが完成。売上は伸び、1990年度(平成2年度)で約245億円に到達。競馬のほうでは、カツノコバン(高崎大賞典)やグレートサーペン(南部杯)といった全国レベルの強豪たちが華を添えていた。
 しかし、1991年(平成3年)以降は売上が減少し、1992年度(平成4年度)からは赤字を計上。2003年度(平成15年度)には売上が47億円まで落ち込み、単年度赤字は6億7800万円に。これまで群馬県の財政に143億円、高崎市に36億円貢献してきたが、累積赤字は51億円に膨れ上がっていた。この年(2003年)には、高崎競馬検討懇談会が「2年間で収支均衡の見通しが立たない場合は廃止を決断すべき」という提案を出している。
 2004年度に入っても苦戦は続き、4月と5月の売上が前年の91%までに減少。8月には県が廃止を検討していることが明るみになり、関係者が存続を求める署名運動やデモなどを始めた。そして9月28日、小寺弘之群馬県知事が群馬県県議会で高崎競馬の廃止を明らかにした。
 その後、競馬法改正を見据えライブドアが民間参入を表明するも、12月7日に交渉は打ち切り。ついに、高崎競馬は最期の日(2004年12月31日)を迎えたのであった。
 (4月以降の新聞記事、高崎競馬公式サイトにある高崎競馬の歩みをもとに書きました。思い出の名馬は読んでて涙が出そうになりました(ノД`) 全部じゃないけどここに出てくる名馬たち(12頭ほど)、他の活躍馬はゲーム『ジーワンジョッキー』シリーズに登場するので、楽しんでください)

【12月30日】
 小寺知事が廃止表明をしたときに12月末まで開催すると言ってたんだけど、不安が一つあった。それは大晦日の大一番『高崎大賞典』。南関東だと転入条件があるし、オープン馬が大賞典前に移籍したらレースがやれないのではないか…と。下級条件の馬ばかりならやらないだろうし…。ファン投票は中止になった。でも、テンリットルやタワリングドリームといった主力メンバーが出走予定馬に名を連ねて一安心。この後に自分は飛行機の予約をした。
 しかし、29日になって新たな不安が発生。それは、雪。気象庁のサイトによると、31日の群馬県は「12~18時 80%の確率で降雪」。中止なら行かないほうが、飛行機のキャンセル料だけで済ませたほうがいい…とも思い、悩みに悩んだ。
 30日になっても天気図は変わらず。ただ、雪は31日の12~18時だけだから、確率が低い前後の時間帯は降らない。「午後に入ってから中止」となるはず。それなら行こうと決意。雪対策をして出発した。

【競馬場へ】
 都内で8時に起きて情報収集。他場は「福山競馬が降雪で中止に」、高崎競馬は「開催する」、天気は「雲が西から移動してるので午後は雪」。それにしても、最終日になって雪とは…。そういえば、足利はちょっとだけ雨が降ったし、上山も酷い天気だった。
 11時頃、JR東京駅。11時半の上越新幹線で高崎駅に向かう。大晦日だけに乗車率は100%オーバー。上越新幹線に乗るのは、廃止直前の新潟県競馬を観に行ったとき以来。
 高崎に近づいて、新幹線が減速し始めたとき。窓の外を見た。暗い。しかも、ちょっと白っぽい。ジーッと見る。雪だった。雪が降っている。「あぁ…('A`)」と思った。
 12時20分頃到着。JR高崎駅の外に出て、雪の降りの激しさを初めて感じた。あと、寒ぃーーーーー!((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 本当は無料バスを使いたかったのだけど(自分は貧乏金無し)、タクシーを使った。タクシーの運ちゃん「無料バス出てるよ」。わかってるよ…('A`)
 競馬場には1メーターで着いた。当たり前だけど、雪がボーボー。3年前の大晦日はいい天気だったのにね…。入場門の上を見ると「高崎けいば 81年間のご愛顧ありがとうございました」の看板が掲げられている…いや、自分が気づいたのは画像を見てから。じっくり物を見てる余裕はなかった。急いで取材申込をして、レースに向かった。
13時頃の入場門。小さい画像で見えにくいけど、雪がかなり降っていた 入場してすぐの一号スタンド 開催終了を知らせる看板

第6レース サラ系C13(ダ1330m、12頭、雪、稍重)
 レースはちょうど発走しようかというところだった。雪のせいで視界が悪い。4コーナーがうっすらと見える程度。向正面はほとんど見えない。走路は白いパウダーを振り撒いたかのような状態。とにかく寒い。
 雪の当たらないスタンドでは、多くの人がコースを見つめている。傘を差して、ラチ沿いで見ている人もいる。自分の近くにはテレビカメラが。そういえば、この日は群馬テレビで15:30から1時間の中継番組をやるんだった。
 ここで、自分の失敗に気づいた。駅のロッカーにカバンを置いてきたんだけど、傘やタオルも置いてきてしまった…。カッパは宮崎に忘れてきてるし。雪対策失敗…_| ̄|○ キツい。でも、「このレースで最後かもしれないんだから」と自分に言い聞かせて、雪だるまになる覚悟をした。ジョッキーや関係者に比べれば、ずっと楽なんだし…。
 レース発走。目の前を過ぎて向正面へ。見えない。寒さで((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 直線に入ってもどうなってるかわからない。声援が大きくなる。ゴール直前でわかった。1着ノブシテイオウ(福元弘二)、2着ジャスピライト(赤見千尋)。
 人馬が戻ってくる。検量室前の、ジョッキーや厩舎関係者たちのやり取りする様子はいつもと変わらない。雪は激しく降ってるし、馬の息は白いし、報道関係者がいろいろいたりはしてるけど。
 勝ったノブシテイオウは走路で口取りを行った。雪が45度の角度で叩きつけるなかで…。
スタート直前のゴール前 1周目のゴール前。赤見JKが逃げる
1着ノブシテイオウ(福元弘二)、2着ジャスピライト(赤見千尋) 引き揚げてくる人馬
リバレイハートと水野貴史JK 馬の息が真っ白
ジャスピライトと赤見JK ノブシテイオウと福元JK
検量室前を過ぎるジョッキーたち 福元JKを称えつつ、にぎやかな会話が
吹雪のなかで口取り ゴール前から4角を望む。視界が悪い…

【浦和の騎手が応援】
 第6レースの4着は浦和の秋元耕成JK、10着もこれまた浦和の岡田大JK。30日と31日は、浦和競馬所属の騎手たちも騎乗していた。
 これは自分が聞いた話。30日と31日は宇都宮競馬も開催してるので宇都宮の騎手は来れないし、31日なんかは全レース12頭のフルゲート。そこで、浦和に応援を要請したらしい。声をかけたところ、多くのジョッキーたちが手を挙げてくれたそうだ。
 足利所属だった加藤和博JKの参戦は、うれしかったファンもいるのではないだろうか。浦和と彼らに感謝。

【装鞍所とパドック】
 装鞍所に足を運ぶと、中心部にある木の枝(葉は付いていない)が白くなっている。
 パドックも真っ白。ただ、周りはいつも以上の熱さだ。横断幕がズラーッと並び、人もビッシリ。高崎は屋根があるから、ありがたい。出走馬が本馬場に消えると、人も消えていたけど(馬がいなけりゃ、パドックに用はない)。
13時前の装鞍所。8レースの出走馬たち パドックを周回する7レースの出走馬たち
応援幕がたくさん 人もたくさん

【場内】
 雪が降る寒空の下を好んで歩く人はいない。外は静か。でも、内は違った。スタンドは大混雑で、食堂は大繁盛。
 高崎といえば、マスコットの「タッキー」。女性や子供たちを楽しませてくれる。自分みたいな野郎にも愛嬌を振りまいてくれるいいヤツである(ノД`) 群馬記念のときもそうだったけど、この日はタッキー2頭出しだった。
13時のパドック近辺 タッキーと子供。いいよなぁ…(ノД`)
食堂は熱気ムンムン スタンド1Fは大混雑

【新高崎競馬応援団?】
 入場門を入って左側にあるテントの下に「新高崎競馬応援団」なる人たちがいた。女性スタッフが数人おり、テーブルの前に「千円」「1万円」「後半5Rから馬を当てて図書カードをゲットしよう」などと書かれたボードが貼られている。勝ち馬当てクイズ、アンケートを行っていた。
 この人たちは、12月下旬に活動を始めた応援団(?)。パドックにこんな横断幕を掲げていた。「平成17年5月 新競馬開催(←の1/3の大きさの文字で続けて)予定 境町新競馬場でお会いしましょう」。境町トレセンを競馬場に…というものらしい。某夕刊スポーツ紙の一面のキャッチみたいに「予定」が小さいのはなぜ?と思ったけど。どうやら、ライブドアの参入表明後に立ち上げられた『夢競馬を創る会-チーム・フェニックス』の人たちが中心のようだ。数日前に彼らのサイトでなぜかハルウララ云々でいろいろあって、自分は「なんだかな(´д`)ヤレヤレ…」と思っていた。
 話を聞いてみたかったんだけど…ごめん、小心者の僕ちゃんは「アンケートどうですか?」と声かけられた途端に逃げちゃったよ(´・ω・`) アンケートは書きたくないし(署名などの個人情報を晒すような行為は嫌い)、危機センサーが働いちゃったので。アンケート用紙だけでもいただけばよかった…。
 何も知らない人は、勝ち馬クイズが目当てだったんじゃないかな。
正門入って左にあった新高崎競馬応援団のブース 机には「勝ち馬を当てよう」 クイズのついでにアンケートも記入する人たち

第7レース 若駒さよなら特別(ダ1500m、2歳12頭、雪、稍重)
 雪の降りも、積もっている量も第6レースより激しくなってきた。競馬場全体の白みが増している。それは、コースを走る人馬にとってより厳しい状況になっているということだった。レースは1着テツクリーク(浦和・加藤和博)、2着インカラリック(金井正幸)。
 ジョッキーのなかにはマスクを着けてる人もいる。「このまま銀行に行ったら通報されるだろうな…」と思った。勝った加藤和博JKには金田TRが「ありがとう」と温かみを持って声をかけていた。
二号スタンド。雪の降りが激しい 旗振りも大変
ラチ沿いでレースを観る人も大変 1着テツクリーク(浦和・加藤和博)、2着インカラリック(金井正幸)
下馬するジョッキーたち 鞍を外す矢野貴之JK。そのまま銀行に行けそうなフェイスマスクだ 加藤JKをねぎらう金田TR

【雪はさらに激しく。そして…】
 雪がさらに激しくなっていく。いつ終わってもおかしくないとは思っていたけど、その気持ちもだんだん強くなっていく。そして…。
 第7レース終了後、新たな情報が入ってきた。「境町トレセンと競馬場の間の高速道路(関越道、北関東道)が路面凍結で走れない」「11レース(10レース?)以降の馬運車が来れない」というもの。つまり、馬運車が到着できないレース(高崎大賞典、ファイナルカップ)は行えない。中止が決まったということだった。
 この雪ではどうしようもないし、宮崎にいた頃から予測はしていたこと。でも、現実に途中で終わってしまうのは…。とにかく後は、馬運車が来てるレースでどこまでやれるか…。
 事務所に行くと、組合の幹部らしき人たちが集っていた。中止が決まったレースの馬主が詰め寄っている。最後には投げやりな言葉を浴びせていた。
 場内を歩く。屋内はとにかく人がいっぱい。外はほとんどいない。いや、子供だけは元気(苦笑) 雪を投げたりして遊んでいる。それをテレビが撮影している。馬がパドックにいないとき(人気がないとき)に戻ると、小さい雪だるまがいた。
 じつは、自分はレースが終わってから知ったので先に書くけど、次の第8レースが最終レースになってしまった。パドックでジョッキーが「これで終わり」と言っていたらしい。知らないから、馬券買えんかった(ノД`)
13時26分の1角。一面銀世界… 雪が競馬場をどんどん覆っていく…
本馬場入口をおじさんが掃いていた 13時41分の様子。向うにある住宅の屋根に雪が積もっている
スタンド入口は冷たい水でビッショリ モニターを見つめる人たちの視線は熱かった
8レースの出走馬が出た後のパドック 新高崎応援団の幕
子供は元気! それをテレビが撮影していた たぶん、子供が作った雪だるま。高さは30cmほど 雪だるまとパドック

【これが最後。第8レース サラ系AB1(ダ1500m、12頭、雪、重)
 出走馬12頭が誘導馬に連れられ入場。4コーナーから直線に入ったところに、馬場整備の車輌が2台待機している。これは、馬が入場してから雪を掃いて、馬場を少しでも良い状態にして走らせよう…という関係者のアイデアだった。
 自分はスタンドで見ることに(ゴール前ばっかりだったし)。内馬場ではセレモニーで使う花火のセッティングをしている。
 14時発走。水野JKのムーブメイトが逃げて、茂呂JKのチヨノスターがマーク。(向正面は見えないんだけど)3コーナーで4番手に付けていた赤見JKのファーストルーチェが先頭に立ち、後方にいた久保田JKのブラックベスが2番手に進出。直線はこの2頭の勝負に。ファーストルーチェが逃げ、ブラックベスが追いすがる。2頭の叩き合い。しかし、ファーストルーチェがクビ差ゴール。高崎競馬81年のファイナリストは赤見千尋! ゴール前では競走を中止したライトシーザーの丸山JKが下馬していた。
 自分は検量室に急いで向かった。報道陣や関係者がたくさんいて、赤見JKが戻ってくるところだった。泣いている。顔を真っ赤にして。泣きながら量りに乗る彼女…。外に出て、ファーストルーチェに乗って、ゴール前に向かって歩き出す。ゴール前には人がたくさんいた。
 吹雪のウィニングウォーク。外ラチ沿いに歩く。「赤見ちゃん、おめでとう!」「ありがとう!」と声がかかる。赤見JKは涙を流しながら応えていた。
 赤見JKが戻ると、ジョッキーたちが待っていた。(聞き覚えてないけど)「よくやった!」とか、祝福や励ましの声が赤見JKにかけられる。水野JKが求めて握手した。
 この後、8レースで開催を中止するアナウンスが流れた。話を聞いたときは「(´゚д゚`)えっ?」と思ったけど、すぐに「しょうがないよな…」になった。
本馬場入場 誘導馬、最後の雄姿
馬が入場後、待機していたトラック2台が馬場整備 発走直前
水野JK騎乗のムーブメイトが逃げる 逃げるファーストルーチェ(赤見JK)、迫るブラックベス(久保田政弘JK)。2頭の叩き合い!
ライトシーザー(丸山侯彦JK)がゴール前で下馬 勝った赤見JKは泣きながら引き揚げて来た。そのまま検量… 吹雪のなか、ファンの前で最後のウィニングウォーク
馬上でも泣いていた…(ノД`) 戻ってきた赤見JKをジョッキーたちが温かく迎えた
水野JKが声をかけて握手した 9レース以降の中止を告げるモニター

【セレモニー】
 最終レースのファイナルカップ終了後に行われる予定だったジョッキーの挨拶などが繰り上げて行われることに。
 スタンド前の走路にジョッキーたちが一列に並ぶ。手にはムチや勝負服などを持っている。ラチ沿いには傘を持った人が多くいて、スタンドにもレースのときと同じぐらいの人がいる。雪の降りは相変わらずで、寒い寒い。タッキーの顔にも少し雪が積もってる。でも、タッキーの中は温かいかも…。
 木村芳晃騎手会長が前に出てマイクを握る。ファンに向けての挨拶。木村JKは高崎大賞典で有力馬のタワリングドリームに騎乗予定だった。だから、「僕が、勝って終わらせたかったんですけどぉ」という言葉が出る。途中で終わったことが残念なのは、競馬場にいる人すべて共通のものだったと思う。最後は「またどこかで会いましょう。ありがとう」で締めた。
 挨拶が終わるや、ジョッキーたちが人々に寄って手に持っていたプレゼントを手渡す。人々は“物貰いモード”に突入(競馬場は人の欲望を裸にする。表彰式でよくプレゼントされる花束。あれをオッサンがなんでもらいたがるかわからんよ。部屋に飾るのか? 自分が足利でもらったときは、帰りに吉原に寄って女の子にあげたけどさ)。別れを惜しむ感でもなく、物をねだる。ジョッキーたちは大盤振る舞いで、勝負服を脱いで渡す人も。後ろを見ると横断幕を持った新高崎の人たちがいつの間にかいたけど、たいして気にならなかった。人々が物を取るのに夢中になってるように、目の前のシーンを撮ることに夢中だったので。 
 プレゼントを渡し終えたジョッキーたちが一同に集る。そして最後は三三七拍子。みんな笑顔だった。
 自分はこのとき、初めて目頭が熱くなった。雪のせいで半端な終わり方になったけど、ジョッキーたちが明るく締めてくれて助かったなぁって。自分は高崎競馬場の廃止はしょうがないと考えてるし、この競馬場に思い入れのない奴だけど、これはジ~ンと来た。
 ジョッキーたちが戻っていく。水野JKや赤見JKたちはサインをせがむ人々に応えている。激しいサイン攻め。おさまる気配がない。
 走路ではタッキー2頭を従えた副管理者が挨拶していた。これまた後ろになぜか新高崎応援団がいる。正直、何を言っていたのかは覚えてない。覚えているのは、新高崎の女性が野次った「極悪人!」という一言。スタンドの野次はあっても少しだったと思う。
 雪はまだまだ降っている。整備をしていないので、走路も真っ白。ラチ沿いではジョッキーたちがまだサインしていた。人々がまだサインを求めている。この天気と温度、しかも彼らは素手。肩と頭に雪が積もっている。さすがに「オイオイ。もう、遠慮して帰してあげろよ…」と思った。
ジョッキーたちが整列。プレゼントするために勝負服やムチなどを手に持っていた ファンが見つめる
暑い日はサウナ地獄だろうけど、こういう時は中の人は快適だったかも…? 木村芳晃騎手会長が挨拶。高崎大賞典は有力馬のタワリングドリームに騎乗予定だった。「僕が勝って終わらせたかったんですけど~」
ファンにいろいろプレゼント ムチをプレゼントする丸山侯彦JK
着てた勝負服もプレゼント 横断幕を持ってアピールする新高崎応援団。「新競馬開催」の横に小さく「予定」とあるのは、某夕刊スポーツ紙の一面見出しを彷彿させる
ジョッキーたちが集って、礼して万歳。明るく〆てくれた彼らに救われたと思う。さすがに目頭が熱くなった… 戻っていくジョッキーたち
激しい雪と寒さのなか、サインに応じる水野JK 藤岡探検隊風に言えば「ファンのサインを求める波状攻撃は止まることを知らない!ギャガ━━Σ(゚д゚lll)━━ン!!!」だった… 赤見JKもサインしていた
タッキー2頭を従えて、副管理者が挨拶。その後ろにはなぜか新高崎応援団 見守る人たち
14時30分の直線走路 ジョッキーたちがさすがに気の毒に思えた…(ノД`)

【大サービス】
 宴はまだ続く。
 ゴール付近に群がっている人々に、赤見JKや福元JKなどジョッキーたちがいろんなものをプレゼントしている。ムチ、ゴーグル、ブーツ、鞍などなど。ジョッキーが笑顔で物を持ってくると、人々はテンションが上がり手を伸ばして求める。例えば、こんな感じ。
 丸山JK「タマルファイターで勝ったときの鞍だぞ~」
 人々「おおぉぉっ~!」
 丸山JKは気さくにコミュニケーションを楽しんでいた(面白そうなオッサンだった)。
 ジョッキーたちは入れ替わり立ち代わり物を持ってくる。そのたびに人々は騒ぐ。延々と続きそうだった。
物欲しさに群がるファン サインする丸山侯彦JK。面白いオッサンだった
ゴーグルを手渡す赤見JK 勝負服とかブーツとか代わる代わる持って来てくれた
ブーツを投げ込む 延々と続いた…

【花火】
 内馬場で花火が始まった。打ち上げ花火が上がり、「81年間ありがとう 高崎けいば」の仕掛け花火が鮮やかに…とはいかない。まわりが白いから、よく見えない。文字のヤツは、仕掛けに問題があったと思う。不満の声があがる。はっきり言って、失敗だった。
「81年間ありがとう 高崎けいば」の花火。明るいし、まわりが白いから良く見えなかった… 消える前。ぶっちゃけ「失敗」

【蛍の光】
 全てが終わり、「蛍の光」が流れる。場内は清掃している。自分は場内を歩いてみることにした。
 主がいない予想屋。全レースオール一本槍の「トップスター・タッチャン」で、親子が記念撮影をしている。女性のピンクの予想屋には、新聞の切抜きや全日本レディース招待の記事などが貼られている。「がんばれ!!千尋」と書かれた白い紙の下には赤見JKの写真。それを推定年齢35~45歳、独身と思わしきオッサンが剥いで持ち去っていった。
 そういや、自分は朝から何も食べていない。開催が終わってるし、食堂で半額セールやらないかなと期待してウロウロしたんだけどダメだった。ちなみに自分、スーパーの半額セールをいつも狙っている男である。
 じつは、レースの中止が決まってからも高崎大賞典とファイナルカップの馬券は買えた。記念に買ってる人たちがけっこういた。自分もだけど、打ち切りになる直前で買えたのはファイナルカップの単勝1枚だけだった。
 あと、これは警備で休ませてもらったときの話。食堂のオバチャンがやって来たんだけど、オバチャン曰く「騎手の看板が欲しいって言ってるお客さんがいるんですけど。頼まれたんで、じゃあとりあえず聞いてきますと言って来たんですけど」。その場にいた全員が「ダメだろう」。3月までは宇都宮で騎乗するんだし。なんかレース終了後は物を持って行こうってのが多かったね。
 パドックの近くに行くと、雪だるまが壊されていた…。近くでは捨てられた競馬新聞が雪に埋もれそうだった。
雪は一向に止まない。装鞍所の木はまるで樹氷… 清掃中のスタンド1F、JRA発売所付近。
全レース一本槍の「予想屋タッチャン」で記念撮影していた親子 紅一点の予想屋さんに貼ってある「がんばれ!!千尋」の赤見千尋JKの写真を剥ぎ取っている推定年齢35~45歳のオッサン 予想屋さんは3月まで営業するのだろうか?
「高崎競馬場は長い間皆様に親しまれてまいりましたが、高崎競馬は本日をもちまして、その歴史をとじることになりました。皆様にご愛顧いただきましたことを、心から感謝申し上げます」 崩れていた雪だるま…
雪に埋もれそうな競馬新聞 雪がチラチラ落ちてくる…

【打ち上げ】
 競馬場からお客さんがいなくなった後も、自分は競馬場にいた。競馬組合の人に挨拶したかったし、居酒屋に行くから早く帰ってもしょうがないし。
 話を聞くと、数発残していた花火を打ちあげるとのこと。競馬組合の職員、警備員、食堂の従業員、馬券売り場のオバチャンたちがスタンドに集ってきた。16時15分、花火を打ち上げた。少し暗くなっていたので、さっきよりはきれいに見えた。
 「打ち上げ」には「事業や興行を終えること。また、その終了の宴」という意味がある。そのための打ち上げ花火だった。そしてそれは、競馬場で働いてきた人たちへの「お疲れさん」という気持ちが込められたものだった。
花火師が待機している。売り場のオバちゃん、食堂の人たち、警備や組合の職員たちが集ってきた 数発ドカーンと打ち上げ

【タッキー】
 タッキーの画像を集めてみた。
 この日もタッキーは大活躍。子供連れの人気者だった。自分にも愛嬌を振りまいてくれて、カメラを向けるとポーズを取ってくれた。
 競馬場のマスコットで一番好きなキャラだよ。さようなら、タッキー・゚・(ノД`)・゚・
こっちにも手を振ってくれるタッキー(^-^) 騎手会長の挨拶時におどけるタッキー(^-^; バイバイ、タッキー・゚・(ノД`)・゚・

【とちぎ大賞典も雪で中止】
 この日は各地で競馬の中止が相次いだ。福山、大井、高崎、そして宇都宮。
 宇都宮でも大晦日の大一番「とちぎ大賞典」が行われる予定だった。3月に廃止されるので、これが最後。しかし、中止になってしまった。5レースまでに開催が中止になっていれば、翌日に代替開催することもできた…と聞いたので、「残念…」と思っていた。
 しかし、3月14日に「とちぎ大賞典」を実施することが後日発表された。

【大晦日。高崎の夜】
 駅まで歩いて戻り、めぼしを付けていた居酒屋に行った。これが大当たり。よりによって最後の日に、また行きたいお店が見つかってしまった(ノД`)
 外に出ると雪は止んでいた。本当に天気予報どおりの、競馬をやるときだけの雪だった。
 自分は鈍行列車で都内に戻り、宮崎に翌日帰った。

【これから】
 高崎所属馬は同じ北関東の宇都宮には出走できない。ただし、JRAや他地区のレースには出走できる。とりあえず、根岸Sに4頭が登録している。
 ジョッキーは宇都宮で騎乗可能。移籍の話は4人は聞いた。佐賀に3人、あと1人はナイショ。冬に休む競馬場は敬遠されているらしい。
 3月まで、他場やJRAの発売は行われる。

【最後に】
 あっさり終わったな…と思います。引きずられるものはありませんでした。
 「名残を惜しむファンが多かった」というコメントを見かけたり聞いたりしますが、それは違うと思います。物貰いをしていた人々に“高崎競馬のファン”がどれだけいたのか。彼らの顔、盛り上がりを見るにそんなものは感じられなかったです。だから自分は“ファン”じゃなくて、“人々”という言い方をしてるんですけどね。
 最終日の来場者は6700人。通常時の3倍。競馬場の最終日はいつも「廃止祭り」。多くの人が楽しみにやって来ます。怒りや悲しみなんて薄いものです。
 惜しいか、悲しいか、悔しいか、楽しいか――どう受け取って感じるかは、人それぞれ。立場、関わり方、時間の長さ、考え方、どれだけ事実を把握してるかで違います。
 切ないけど、明るく終わった――これが自分の感想です。関係者も、いろんなものは内に込めて、最後は明るく終わらせたかったんじゃないでしょうか。競馬場を訪れた1人として感謝してます。

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Friday, January 07, 2005

降雪中止の「とちぎ大賞典」は3/14に

 大晦日に降雪のため中止となった「とちぎ大賞典(北関東G1)」が、3月14日(月)に宇都宮競馬場で実施されることになった。ソースは宇都宮競馬公式サイト。3月14日に予定されていた「北関東弥生賞(北関東G2)」は前日の13日にずらして行われる。
 「とちぎ大賞典」は当初、12月31日の第12レースで行われる予定だった。宇都宮競馬場は3月14日に廃止となるので、これが最後の大賞典。しかし、降雪のため第9レース以降は取り止めに。代替開催もなく、幻のまま終わってしまうかと思われていた。
 じつは、この大晦日開催。第5レースまでに中止していれば、翌日の元旦に「とちぎ大賞典」も含めて代替開催することができたのだ。しかし、運悪く天候が悪化。関係者、ファンの無念は相当なものだったのではないだろうか。
 「とちぎ大賞典」は当日の最終レースに組まれるだろう。これが、北関東競馬のフィナーレとなる。好天のもと、多くのファンの前で無事に行われることを願いたい。

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Thursday, January 06, 2005

1/6 宮崎女子ロードレース(自転車追走にチャンレンジ)

 1月6日、宮崎市で第25回宮崎女子ロードレース(ハーフマラソン、5kmレース、3kmレース)が行われた。宮崎女子ロードレースは女子長距離の幕開けレース。昨年はハーフマラソンでアテネ五輪金メダリスト・野口みずきが優勝している(5km優勝は女子1万m代表の福士加代子)。
 ハーフマラソンのコースは、シーガイアオーシャンドーム前→檍小学校前→宮崎北警察署前→宮崎駅前→高千穂通り→橘通3丁目交差点→橘通り→橘橋→国道220号線バイパス→本郷ランプ→県道367号線(中村木崎線)→宮崎県総合運動公園陸上競技場の20.097km。スタート時刻は12時10分。宮崎市を北から南へ進む。
 出場選手は招待選手29名、一般参加26名の計55名。本命はシドニー五輪女子マラソン銀メダリストのリディア・シモン(ルーマニア)。対抗はベテラン・弘山晴美(資生堂)だった。
 さて…。地元のレースなので、カメラ片手に行ってきた。移動手段は自転車をチョイス。スクーターでも良かったけど、交通規制に引っかからないし、選手と併走できるので( ゚Д゚)y─┛~~プカー

【スタート地点・シーガイア・オーシャンドーム前】
 当日は朝から生憎の雨('A`) 行くのやめようか…とも思ったけど、11時に外に出たら小雨がパラつく程度だったので行くことに。高崎競馬場に行ったときと同じような服装(防寒)で出発した。
 スタート20分前、オーシャンドームに到着。スタート地点の沿道には一般の人たちが50人ほど? 配布されてる旗と紙(大会要項や出場選手名が書かれている。もらってくるの忘れた…)を手に持っている。他は運営スタッフ、報道陣、警察関係などなど。白バイ軍団が過ぎたり、ちょっと物々しい雰囲気だった。
 スタート地点の天気は小雨。風はほとんど無し。体感温度はそんなに寒くなかった。ちょっと運動すれば気にならなくなる程度。
 ボーッとしてると…おお! 目の前をあのリディア・シモンが。スタート地点を何度も往復してたシモン。体の軸がまったくぶれない、素人目に見てもキレイな走りだった。
 全然関係ない話だけど、小さい頃、フェニックス自然動物園で遊んだ後にバス停で帰りのバスを待っていたら、宗兄弟が目の前を走り過ぎてビックラこいた思い出がある。ロス五輪の直前だったなぁ…。
スタート地点そば。荷物置き場? ウォームアップ中のリディア・シモン。何度も往復していた

【スタート】
 いよいよスタート前。スタッフが車の往来をストップさせて、スタート地点にテープを貼る。
 選手が集ってきた。番号の若い順から前の列へ。シモンはセパレートのウェア。腹がスッキリして、しかも腹筋が浮き出ている。見事なアスリートのボディだった。
 「スタート5分前」「スタート2分半前」…。徐々に緊張が高まっていく。身体を伸ばす選手、気持ちを集中させる選手、いろいろ。シモンが弘山の肩をポンと叩き、笑顔で声をかけていた。
 「スタート20秒前」。スーハー、スーハー…。選手たちの深呼吸が耳に入ってくる。
 「スタート10秒前」。手首の時計に手を添え、選手たちが身構える。
 「パン!」。乾いた音を合図にスタート。沿道の人たちが旗を振りながら声援を送る。選手たちの後に車輌が続く。
 スタート後、急いで車に乗る(一般の)人たちが意外に多かった。ゴール地点に向かったんだろうな。自分は自転車でスタート(^-^;
1番がリディア・シモン(ルーマニア)、3番が弘山晴美(資生堂) スタート前の55人
番号の若い順から前の列に スタート10秒前
スタート後 白バイ隊などの車輌が続く

【4km地点とJR宮崎駅付近】
 自分はコースの西にある道を南下して先回りすることに。太ももの裏側が早くも悲鳴をあげる。運動不足ってイヤだね…('A`)
 しばらく進むとコースと合流する4km地点の交差点に。ちょうど先頭集団が向かってくるところだった。25人ほどの集団で、シモンと弘山が先頭で引っ張っている。
 ここからはコースを併走。市街地に向かうにしたがって、沿道の人の数も増えていく。6kmほどで先頭集団を追い抜いて、丸島町の交差点(JR宮崎駅の北、北警察署の近く)で待機。先頭集団は16人まで減っていた。左に曲がり、JR宮崎駅へ。この頃には雨もすっかり上がり、晴れていた。
4km地点 丸島町の交差点。JR宮崎駅へ向かう

【橘通り・山形屋前(9kmぐらい?)】
 自分は先回りして高千穂通りと橘通りの交差点へ(宮崎市街地の中心地)。もう、ヘロヘロ…(ToT) 沿道は人でビッシリ。先頭集団は交差点を左に曲がって南へ。沿道の人たちは、後続の選手が通るたびに「がんばれ~」と声援を送っていた。後ろの選手はさすがに重い走りだったけど…。
山形屋前。沿道に多くの人が集まっていた 先頭集団
高千穂通りから橘通へ、左に曲がる 後方の選手たち

【結果~シモン優勝、4秒差で弘山が2着】
 自分はここでリタイア(ToT) もう限界だった。あれ以上行ったら、ゲロ吐いてたと思う。大淀川から先の宮崎市南部に行くと選手を追走するのは厳しいし、帰りも辛くなる(土地勘もないし)。だから断念! カリーノの地下街でおにぎりとオレンジパインジュースを買って帰宅した。スピードはノロノロ…。
 家に着いて実況中のMRTラジオをつけると、残り2kmほどだった(解説は宮崎沖電気の谷口浩美監督)。予想通りシモンと弘山のデッドヒート。そのままトラック勝負にもつれこみ、シモンが1時間9分58秒で優勝。ラジオ実況によると、シモンはスタンドに手を振るほどの余裕を見せていた。弘山は4秒差の2着でゴール(実況のときは3秒と言っていた)。地元・宮崎沖電気の宮内洋子が3着で健闘した。馬単ならガチガチの1番人気、3連単も安い配当になったと思う。
 ペースが遅かったせいか、昨年の野口の優勝タイム(1時間7分47秒)よりは遅い。シモン、弘山ともに1月30日の大阪国際女子マラソンにエントリーしている。昨年不調だったシモンは復活をかけるし、弘山は世界陸上の代表切符を狙う。3着の宮内は、谷口監督によると年内のマラソン挑戦はないとのこと。
 それにしても…疲れた_| ̄|○ 来年は自転車でゴールまで追走したいと思う。来年に向けて鍛えるぞ ( TДT)y─┛~~プカー

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Wednesday, January 05, 2005

重勝式勝馬投票の規定がメイン――農林水産省令第103号

 平成16年12月21日付の官報(号外第282号)にて、競馬法施行規則の一部を改正する省令(農林水産第103号)が告示された。競馬連携計画や事務の委託についてもいくつか書かれているが、メインは新しい勝馬投票「重勝式」に関するものだ。

 重賞式勝馬投票法は計6種類。同一の日の2つの競走の1着馬を当てる「二重勝単勝式勝馬投票法」、同一の日の3つの競走の1着馬を当てる「三重勝単勝式勝馬投票法」、同一の日の4つの競走の1着馬を当てる「四重勝単勝式勝馬投票法」、同一の日の5つの競走の1着馬を当てる「五重勝単勝式勝馬投票法」、同一の日の2つの競走の1着馬と2着馬を当てる「二重勝普通馬番号二連勝複式勝馬投票法」、同一の日の2つの競走の1着馬と2着馬を着順どおりに当てる「二重勝馬番号二連勝単式勝馬投票法」だ。
 「二重勝単勝式勝馬投票法」以外の5種類は、一日において実施はそれぞれ一回のみ。
 払戻金の最高限度額は二千万円とされている。これは10円単位なので、一番高い配当は2億円ということになる。
 的中者がいない場合は、「二重勝単勝式勝馬投票法」以外の5種類については、1つの競走以外が当たっていれば的中となる……のかも('A`) ここの記述がよくわからんのです(ToT)

 この重勝式馬券がお目見えするなら高知競馬だろう(中央競馬、地方競馬ともに導入の動きは無いよね?)。
 高知県競馬組合と株式会社ライブドアが2004年12月9日、事業協定書の締結を発表した。そのときのリリースには以下の記述がある。

 8月1日には、livedoor競馬(仮)の本番化を予定し、上記のβ版におけるコンテンツに加え(てるKUN注:β版の内容は下に書いておく)、下記のコンテンツを新たにオープンさせる予定です。
○勝馬投票購入、即時決済システム
○ネット限定投票制度の開始
・JACK POT
 「JACK POT」とは重勝式のこと。6種類のうちの何が導入されるかはわからないが、8月1日から高知競馬で買えるかもしれないということである。

 最後に、自分が購入した官報について愚痴を。
 かな~り読みづらいし、理解しづらい。“第一条の十第一項中「第一条の八第一項各号」を「第十四条第一項各号」に改め、同条を第十六条とする”とか、こんなのばっかり。競馬法や競馬法施行規則がないと読めない部分多数。戦闘意欲が殺がれて、これ書くのやめようかって考えたよ('A`)
 あと、値段が高くて…。本紙だと160円だったかな? でも、今回のが書かれてるのは号外。全部で180ページ近くあって、値段は780円。読みたいのは5ページだけなのに。痛い出費だった( TДT)y─┛~~プカー

【参考】
 競馬法施行規則(昭和29年9月13日農林省令第55号)
【livedoor競馬(仮)β版(4月1日オープン予定)】
○競走馬、騎手、及びレース結果等データベース公開
○全レースのストリーミング配信
○ブログ(livedoorブログに競馬カテゴリ作成)
○共同馬主制度
○勝馬投票権購入バーチャル版
○その他、会員向けサービス

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