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Sunday, January 16, 2005

無念の吹雪、笑顔の涙――切なく、でも明るく終わった高崎競馬

 2004年12月31日、群馬県の高崎競馬場が81年の歴史に幕を閉じました。競馬場の廃止は2000年以降、大分県の中津、新潟県の新潟と三条、島根県の益田(休止)、山形県の上山、栃木県の足利に次いで6つ目。2005年3月14日には栃木県の宇都宮競馬場も廃止してしまいます。飛行機の運賃が高い時期ではありますが、自分は遠い宮崎から高崎に行ってきました(チェックしてた居酒屋めぐりもしたかったし)。自分が見たり感じたりしたことを、ここで書かせていただきます。
 画像について一つだけ。当日は激しい雪が降っていたのですが、画像を小さくしたら雪の粒が潰れてしまいました。降雪の激しさが、この画像では伝わりにくくなっています。すみません(ToT)

【高崎競馬の開始から廃止までの流れ】
 高崎での洋式競馬は1895年(明治28年)9月、陸軍の高崎15連隊が日清戦争の戦勝祝賀競馬を200間(約400m)の円形馬場で開催したことから始まった。
 1923年(大正12年)には、高崎常設倶楽部が現在地に800m右回りの高崎競馬場を創設。翌年10月、群馬県畜産組合連合会が勝馬投票券ありの競馬を実施。これが高崎競馬81年間の幕開けとなった。現在の1200mの馬場は、1934年(昭和9年)に拡張されたものだ。
 戦争で中断するも、1945年(昭和20)年に復活。一県四市(群馬県、高崎市、前橋市、伊勢崎市、太田市)で主催するなど紆余曲折を経て、1968年(昭和43年)3月に競馬組合の構成団体が群馬県と高崎市に落ち着いた。
 1976年(昭和51年)には境町トレーニングセンターが完成。売上は伸び、1990年度(平成2年度)で約245億円に到達。競馬のほうでは、カツノコバン(高崎大賞典)やグレートサーペン(南部杯)といった全国レベルの強豪たちが華を添えていた。
 しかし、1991年(平成3年)以降は売上が減少し、1992年度(平成4年度)からは赤字を計上。2003年度(平成15年度)には売上が47億円まで落ち込み、単年度赤字は6億7800万円に。これまで群馬県の財政に143億円、高崎市に36億円貢献してきたが、累積赤字は51億円に膨れ上がっていた。この年(2003年)には、高崎競馬検討懇談会が「2年間で収支均衡の見通しが立たない場合は廃止を決断すべき」という提案を出している。
 2004年度に入っても苦戦は続き、4月と5月の売上が前年の91%までに減少。8月には県が廃止を検討していることが明るみになり、関係者が存続を求める署名運動やデモなどを始めた。そして9月28日、小寺弘之群馬県知事が群馬県県議会で高崎競馬の廃止を明らかにした。
 その後、競馬法改正を見据えライブドアが民間参入を表明するも、12月7日に交渉は打ち切り。ついに、高崎競馬は最期の日(2004年12月31日)を迎えたのであった。
 (4月以降の新聞記事、高崎競馬公式サイトにある高崎競馬の歩みをもとに書きました。思い出の名馬は読んでて涙が出そうになりました(ノД`) 全部じゃないけどここに出てくる名馬たち(12頭ほど)、他の活躍馬はゲーム『ジーワンジョッキー』シリーズに登場するので、楽しんでください)

【12月30日】
 小寺知事が廃止表明をしたときに12月末まで開催すると言ってたんだけど、不安が一つあった。それは大晦日の大一番『高崎大賞典』。南関東だと転入条件があるし、オープン馬が大賞典前に移籍したらレースがやれないのではないか…と。下級条件の馬ばかりならやらないだろうし…。ファン投票は中止になった。でも、テンリットルやタワリングドリームといった主力メンバーが出走予定馬に名を連ねて一安心。この後に自分は飛行機の予約をした。
 しかし、29日になって新たな不安が発生。それは、雪。気象庁のサイトによると、31日の群馬県は「12~18時 80%の確率で降雪」。中止なら行かないほうが、飛行機のキャンセル料だけで済ませたほうがいい…とも思い、悩みに悩んだ。
 30日になっても天気図は変わらず。ただ、雪は31日の12~18時だけだから、確率が低い前後の時間帯は降らない。「午後に入ってから中止」となるはず。それなら行こうと決意。雪対策をして出発した。

【競馬場へ】
 都内で8時に起きて情報収集。他場は「福山競馬が降雪で中止に」、高崎競馬は「開催する」、天気は「雲が西から移動してるので午後は雪」。それにしても、最終日になって雪とは…。そういえば、足利はちょっとだけ雨が降ったし、上山も酷い天気だった。
 11時頃、JR東京駅。11時半の上越新幹線で高崎駅に向かう。大晦日だけに乗車率は100%オーバー。上越新幹線に乗るのは、廃止直前の新潟県競馬を観に行ったとき以来。
 高崎に近づいて、新幹線が減速し始めたとき。窓の外を見た。暗い。しかも、ちょっと白っぽい。ジーッと見る。雪だった。雪が降っている。「あぁ…('A`)」と思った。
 12時20分頃到着。JR高崎駅の外に出て、雪の降りの激しさを初めて感じた。あと、寒ぃーーーーー!((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 本当は無料バスを使いたかったのだけど(自分は貧乏金無し)、タクシーを使った。タクシーの運ちゃん「無料バス出てるよ」。わかってるよ…('A`)
 競馬場には1メーターで着いた。当たり前だけど、雪がボーボー。3年前の大晦日はいい天気だったのにね…。入場門の上を見ると「高崎けいば 81年間のご愛顧ありがとうございました」の看板が掲げられている…いや、自分が気づいたのは画像を見てから。じっくり物を見てる余裕はなかった。急いで取材申込をして、レースに向かった。
13時頃の入場門。小さい画像で見えにくいけど、雪がかなり降っていた 入場してすぐの一号スタンド 開催終了を知らせる看板

第6レース サラ系C13(ダ1330m、12頭、雪、稍重)
 レースはちょうど発走しようかというところだった。雪のせいで視界が悪い。4コーナーがうっすらと見える程度。向正面はほとんど見えない。走路は白いパウダーを振り撒いたかのような状態。とにかく寒い。
 雪の当たらないスタンドでは、多くの人がコースを見つめている。傘を差して、ラチ沿いで見ている人もいる。自分の近くにはテレビカメラが。そういえば、この日は群馬テレビで15:30から1時間の中継番組をやるんだった。
 ここで、自分の失敗に気づいた。駅のロッカーにカバンを置いてきたんだけど、傘やタオルも置いてきてしまった…。カッパは宮崎に忘れてきてるし。雪対策失敗…_| ̄|○ キツい。でも、「このレースで最後かもしれないんだから」と自分に言い聞かせて、雪だるまになる覚悟をした。ジョッキーや関係者に比べれば、ずっと楽なんだし…。
 レース発走。目の前を過ぎて向正面へ。見えない。寒さで((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 直線に入ってもどうなってるかわからない。声援が大きくなる。ゴール直前でわかった。1着ノブシテイオウ(福元弘二)、2着ジャスピライト(赤見千尋)。
 人馬が戻ってくる。検量室前の、ジョッキーや厩舎関係者たちのやり取りする様子はいつもと変わらない。雪は激しく降ってるし、馬の息は白いし、報道関係者がいろいろいたりはしてるけど。
 勝ったノブシテイオウは走路で口取りを行った。雪が45度の角度で叩きつけるなかで…。
スタート直前のゴール前 1周目のゴール前。赤見JKが逃げる
1着ノブシテイオウ(福元弘二)、2着ジャスピライト(赤見千尋) 引き揚げてくる人馬
リバレイハートと水野貴史JK 馬の息が真っ白
ジャスピライトと赤見JK ノブシテイオウと福元JK
検量室前を過ぎるジョッキーたち 福元JKを称えつつ、にぎやかな会話が
吹雪のなかで口取り ゴール前から4角を望む。視界が悪い…

【浦和の騎手が応援】
 第6レースの4着は浦和の秋元耕成JK、10着もこれまた浦和の岡田大JK。30日と31日は、浦和競馬所属の騎手たちも騎乗していた。
 これは自分が聞いた話。30日と31日は宇都宮競馬も開催してるので宇都宮の騎手は来れないし、31日なんかは全レース12頭のフルゲート。そこで、浦和に応援を要請したらしい。声をかけたところ、多くのジョッキーたちが手を挙げてくれたそうだ。
 足利所属だった加藤和博JKの参戦は、うれしかったファンもいるのではないだろうか。浦和と彼らに感謝。

【装鞍所とパドック】
 装鞍所に足を運ぶと、中心部にある木の枝(葉は付いていない)が白くなっている。
 パドックも真っ白。ただ、周りはいつも以上の熱さだ。横断幕がズラーッと並び、人もビッシリ。高崎は屋根があるから、ありがたい。出走馬が本馬場に消えると、人も消えていたけど(馬がいなけりゃ、パドックに用はない)。
13時前の装鞍所。8レースの出走馬たち パドックを周回する7レースの出走馬たち
応援幕がたくさん 人もたくさん

【場内】
 雪が降る寒空の下を好んで歩く人はいない。外は静か。でも、内は違った。スタンドは大混雑で、食堂は大繁盛。
 高崎といえば、マスコットの「タッキー」。女性や子供たちを楽しませてくれる。自分みたいな野郎にも愛嬌を振りまいてくれるいいヤツである(ノД`) 群馬記念のときもそうだったけど、この日はタッキー2頭出しだった。
13時のパドック近辺 タッキーと子供。いいよなぁ…(ノД`)
食堂は熱気ムンムン スタンド1Fは大混雑

【新高崎競馬応援団?】
 入場門を入って左側にあるテントの下に「新高崎競馬応援団」なる人たちがいた。女性スタッフが数人おり、テーブルの前に「千円」「1万円」「後半5Rから馬を当てて図書カードをゲットしよう」などと書かれたボードが貼られている。勝ち馬当てクイズ、アンケートを行っていた。
 この人たちは、12月下旬に活動を始めた応援団(?)。パドックにこんな横断幕を掲げていた。「平成17年5月 新競馬開催(←の1/3の大きさの文字で続けて)予定 境町新競馬場でお会いしましょう」。境町トレセンを競馬場に…というものらしい。某夕刊スポーツ紙の一面のキャッチみたいに「予定」が小さいのはなぜ?と思ったけど。どうやら、ライブドアの参入表明後に立ち上げられた『夢競馬を創る会-チーム・フェニックス』の人たちが中心のようだ。数日前に彼らのサイトでなぜかハルウララ云々でいろいろあって、自分は「なんだかな(´д`)ヤレヤレ…」と思っていた。
 話を聞いてみたかったんだけど…ごめん、小心者の僕ちゃんは「アンケートどうですか?」と声かけられた途端に逃げちゃったよ(´・ω・`) アンケートは書きたくないし(署名などの個人情報を晒すような行為は嫌い)、危機センサーが働いちゃったので。アンケート用紙だけでもいただけばよかった…。
 何も知らない人は、勝ち馬クイズが目当てだったんじゃないかな。
正門入って左にあった新高崎競馬応援団のブース 机には「勝ち馬を当てよう」 クイズのついでにアンケートも記入する人たち

第7レース 若駒さよなら特別(ダ1500m、2歳12頭、雪、稍重)
 雪の降りも、積もっている量も第6レースより激しくなってきた。競馬場全体の白みが増している。それは、コースを走る人馬にとってより厳しい状況になっているということだった。レースは1着テツクリーク(浦和・加藤和博)、2着インカラリック(金井正幸)。
 ジョッキーのなかにはマスクを着けてる人もいる。「このまま銀行に行ったら通報されるだろうな…」と思った。勝った加藤和博JKには金田TRが「ありがとう」と温かみを持って声をかけていた。
二号スタンド。雪の降りが激しい 旗振りも大変
ラチ沿いでレースを観る人も大変 1着テツクリーク(浦和・加藤和博)、2着インカラリック(金井正幸)
下馬するジョッキーたち 鞍を外す矢野貴之JK。そのまま銀行に行けそうなフェイスマスクだ 加藤JKをねぎらう金田TR

【雪はさらに激しく。そして…】
 雪がさらに激しくなっていく。いつ終わってもおかしくないとは思っていたけど、その気持ちもだんだん強くなっていく。そして…。
 第7レース終了後、新たな情報が入ってきた。「境町トレセンと競馬場の間の高速道路(関越道、北関東道)が路面凍結で走れない」「11レース(10レース?)以降の馬運車が来れない」というもの。つまり、馬運車が到着できないレース(高崎大賞典、ファイナルカップ)は行えない。中止が決まったということだった。
 この雪ではどうしようもないし、宮崎にいた頃から予測はしていたこと。でも、現実に途中で終わってしまうのは…。とにかく後は、馬運車が来てるレースでどこまでやれるか…。
 事務所に行くと、組合の幹部らしき人たちが集っていた。中止が決まったレースの馬主が詰め寄っている。最後には投げやりな言葉を浴びせていた。
 場内を歩く。屋内はとにかく人がいっぱい。外はほとんどいない。いや、子供だけは元気(苦笑) 雪を投げたりして遊んでいる。それをテレビが撮影している。馬がパドックにいないとき(人気がないとき)に戻ると、小さい雪だるまがいた。
 じつは、自分はレースが終わってから知ったので先に書くけど、次の第8レースが最終レースになってしまった。パドックでジョッキーが「これで終わり」と言っていたらしい。知らないから、馬券買えんかった(ノД`)
13時26分の1角。一面銀世界… 雪が競馬場をどんどん覆っていく…
本馬場入口をおじさんが掃いていた 13時41分の様子。向うにある住宅の屋根に雪が積もっている
スタンド入口は冷たい水でビッショリ モニターを見つめる人たちの視線は熱かった
8レースの出走馬が出た後のパドック 新高崎応援団の幕
子供は元気! それをテレビが撮影していた たぶん、子供が作った雪だるま。高さは30cmほど 雪だるまとパドック

【これが最後。第8レース サラ系AB1(ダ1500m、12頭、雪、重)
 出走馬12頭が誘導馬に連れられ入場。4コーナーから直線に入ったところに、馬場整備の車輌が2台待機している。これは、馬が入場してから雪を掃いて、馬場を少しでも良い状態にして走らせよう…という関係者のアイデアだった。
 自分はスタンドで見ることに(ゴール前ばっかりだったし)。内馬場ではセレモニーで使う花火のセッティングをしている。
 14時発走。水野JKのムーブメイトが逃げて、茂呂JKのチヨノスターがマーク。(向正面は見えないんだけど)3コーナーで4番手に付けていた赤見JKのファーストルーチェが先頭に立ち、後方にいた久保田JKのブラックベスが2番手に進出。直線はこの2頭の勝負に。ファーストルーチェが逃げ、ブラックベスが追いすがる。2頭の叩き合い。しかし、ファーストルーチェがクビ差ゴール。高崎競馬81年のファイナリストは赤見千尋! ゴール前では競走を中止したライトシーザーの丸山JKが下馬していた。
 自分は検量室に急いで向かった。報道陣や関係者がたくさんいて、赤見JKが戻ってくるところだった。泣いている。顔を真っ赤にして。泣きながら量りに乗る彼女…。外に出て、ファーストルーチェに乗って、ゴール前に向かって歩き出す。ゴール前には人がたくさんいた。
 吹雪のウィニングウォーク。外ラチ沿いに歩く。「赤見ちゃん、おめでとう!」「ありがとう!」と声がかかる。赤見JKは涙を流しながら応えていた。
 赤見JKが戻ると、ジョッキーたちが待っていた。(聞き覚えてないけど)「よくやった!」とか、祝福や励ましの声が赤見JKにかけられる。水野JKが求めて握手した。
 この後、8レースで開催を中止するアナウンスが流れた。話を聞いたときは「(´゚д゚`)えっ?」と思ったけど、すぐに「しょうがないよな…」になった。
本馬場入場 誘導馬、最後の雄姿
馬が入場後、待機していたトラック2台が馬場整備 発走直前
水野JK騎乗のムーブメイトが逃げる 逃げるファーストルーチェ(赤見JK)、迫るブラックベス(久保田政弘JK)。2頭の叩き合い!
ライトシーザー(丸山侯彦JK)がゴール前で下馬 勝った赤見JKは泣きながら引き揚げて来た。そのまま検量… 吹雪のなか、ファンの前で最後のウィニングウォーク
馬上でも泣いていた…(ノД`) 戻ってきた赤見JKをジョッキーたちが温かく迎えた
水野JKが声をかけて握手した 9レース以降の中止を告げるモニター

【セレモニー】
 最終レースのファイナルカップ終了後に行われる予定だったジョッキーの挨拶などが繰り上げて行われることに。
 スタンド前の走路にジョッキーたちが一列に並ぶ。手にはムチや勝負服などを持っている。ラチ沿いには傘を持った人が多くいて、スタンドにもレースのときと同じぐらいの人がいる。雪の降りは相変わらずで、寒い寒い。タッキーの顔にも少し雪が積もってる。でも、タッキーの中は温かいかも…。
 木村芳晃騎手会長が前に出てマイクを握る。ファンに向けての挨拶。木村JKは高崎大賞典で有力馬のタワリングドリームに騎乗予定だった。だから、「僕が、勝って終わらせたかったんですけどぉ」という言葉が出る。途中で終わったことが残念なのは、競馬場にいる人すべて共通のものだったと思う。最後は「またどこかで会いましょう。ありがとう」で締めた。
 挨拶が終わるや、ジョッキーたちが人々に寄って手に持っていたプレゼントを手渡す。人々は“物貰いモード”に突入(競馬場は人の欲望を裸にする。表彰式でよくプレゼントされる花束。あれをオッサンがなんでもらいたがるかわからんよ。部屋に飾るのか? 自分が足利でもらったときは、帰りに吉原に寄って女の子にあげたけどさ)。別れを惜しむ感でもなく、物をねだる。ジョッキーたちは大盤振る舞いで、勝負服を脱いで渡す人も。後ろを見ると横断幕を持った新高崎の人たちがいつの間にかいたけど、たいして気にならなかった。人々が物を取るのに夢中になってるように、目の前のシーンを撮ることに夢中だったので。 
 プレゼントを渡し終えたジョッキーたちが一同に集る。そして最後は三三七拍子。みんな笑顔だった。
 自分はこのとき、初めて目頭が熱くなった。雪のせいで半端な終わり方になったけど、ジョッキーたちが明るく締めてくれて助かったなぁって。自分は高崎競馬場の廃止はしょうがないと考えてるし、この競馬場に思い入れのない奴だけど、これはジ~ンと来た。
 ジョッキーたちが戻っていく。水野JKや赤見JKたちはサインをせがむ人々に応えている。激しいサイン攻め。おさまる気配がない。
 走路ではタッキー2頭を従えた副管理者が挨拶していた。これまた後ろになぜか新高崎応援団がいる。正直、何を言っていたのかは覚えてない。覚えているのは、新高崎の女性が野次った「極悪人!」という一言。スタンドの野次はあっても少しだったと思う。
 雪はまだまだ降っている。整備をしていないので、走路も真っ白。ラチ沿いではジョッキーたちがまだサインしていた。人々がまだサインを求めている。この天気と温度、しかも彼らは素手。肩と頭に雪が積もっている。さすがに「オイオイ。もう、遠慮して帰してあげろよ…」と思った。
ジョッキーたちが整列。プレゼントするために勝負服やムチなどを手に持っていた ファンが見つめる
暑い日はサウナ地獄だろうけど、こういう時は中の人は快適だったかも…? 木村芳晃騎手会長が挨拶。高崎大賞典は有力馬のタワリングドリームに騎乗予定だった。「僕が勝って終わらせたかったんですけど~」
ファンにいろいろプレゼント ムチをプレゼントする丸山侯彦JK
着てた勝負服もプレゼント 横断幕を持ってアピールする新高崎応援団。「新競馬開催」の横に小さく「予定」とあるのは、某夕刊スポーツ紙の一面見出しを彷彿させる
ジョッキーたちが集って、礼して万歳。明るく〆てくれた彼らに救われたと思う。さすがに目頭が熱くなった… 戻っていくジョッキーたち
激しい雪と寒さのなか、サインに応じる水野JK 藤岡探検隊風に言えば「ファンのサインを求める波状攻撃は止まることを知らない!ギャガ━━Σ(゚д゚lll)━━ン!!!」だった… 赤見JKもサインしていた
タッキー2頭を従えて、副管理者が挨拶。その後ろにはなぜか新高崎応援団 見守る人たち
14時30分の直線走路 ジョッキーたちがさすがに気の毒に思えた…(ノД`)

【大サービス】
 宴はまだ続く。
 ゴール付近に群がっている人々に、赤見JKや福元JKなどジョッキーたちがいろんなものをプレゼントしている。ムチ、ゴーグル、ブーツ、鞍などなど。ジョッキーが笑顔で物を持ってくると、人々はテンションが上がり手を伸ばして求める。例えば、こんな感じ。
 丸山JK「タマルファイターで勝ったときの鞍だぞ~」
 人々「おおぉぉっ~!」
 丸山JKは気さくにコミュニケーションを楽しんでいた(面白そうなオッサンだった)。
 ジョッキーたちは入れ替わり立ち代わり物を持ってくる。そのたびに人々は騒ぐ。延々と続きそうだった。
物欲しさに群がるファン サインする丸山侯彦JK。面白いオッサンだった
ゴーグルを手渡す赤見JK 勝負服とかブーツとか代わる代わる持って来てくれた
ブーツを投げ込む 延々と続いた…

【花火】
 内馬場で花火が始まった。打ち上げ花火が上がり、「81年間ありがとう 高崎けいば」の仕掛け花火が鮮やかに…とはいかない。まわりが白いから、よく見えない。文字のヤツは、仕掛けに問題があったと思う。不満の声があがる。はっきり言って、失敗だった。
「81年間ありがとう 高崎けいば」の花火。明るいし、まわりが白いから良く見えなかった… 消える前。ぶっちゃけ「失敗」

【蛍の光】
 全てが終わり、「蛍の光」が流れる。場内は清掃している。自分は場内を歩いてみることにした。
 主がいない予想屋。全レースオール一本槍の「トップスター・タッチャン」で、親子が記念撮影をしている。女性のピンクの予想屋には、新聞の切抜きや全日本レディース招待の記事などが貼られている。「がんばれ!!千尋」と書かれた白い紙の下には赤見JKの写真。それを推定年齢35~45歳、独身と思わしきオッサンが剥いで持ち去っていった。
 そういや、自分は朝から何も食べていない。開催が終わってるし、食堂で半額セールやらないかなと期待してウロウロしたんだけどダメだった。ちなみに自分、スーパーの半額セールをいつも狙っている男である。
 じつは、レースの中止が決まってからも高崎大賞典とファイナルカップの馬券は買えた。記念に買ってる人たちがけっこういた。自分もだけど、打ち切りになる直前で買えたのはファイナルカップの単勝1枚だけだった。
 あと、これは警備で休ませてもらったときの話。食堂のオバチャンがやって来たんだけど、オバチャン曰く「騎手の看板が欲しいって言ってるお客さんがいるんですけど。頼まれたんで、じゃあとりあえず聞いてきますと言って来たんですけど」。その場にいた全員が「ダメだろう」。3月までは宇都宮で騎乗するんだし。なんかレース終了後は物を持って行こうってのが多かったね。
 パドックの近くに行くと、雪だるまが壊されていた…。近くでは捨てられた競馬新聞が雪に埋もれそうだった。
雪は一向に止まない。装鞍所の木はまるで樹氷… 清掃中のスタンド1F、JRA発売所付近。
全レース一本槍の「予想屋タッチャン」で記念撮影していた親子 紅一点の予想屋さんに貼ってある「がんばれ!!千尋」の赤見千尋JKの写真を剥ぎ取っている推定年齢35~45歳のオッサン 予想屋さんは3月まで営業するのだろうか?
「高崎競馬場は長い間皆様に親しまれてまいりましたが、高崎競馬は本日をもちまして、その歴史をとじることになりました。皆様にご愛顧いただきましたことを、心から感謝申し上げます」 崩れていた雪だるま…
雪に埋もれそうな競馬新聞 雪がチラチラ落ちてくる…

【打ち上げ】
 競馬場からお客さんがいなくなった後も、自分は競馬場にいた。競馬組合の人に挨拶したかったし、居酒屋に行くから早く帰ってもしょうがないし。
 話を聞くと、数発残していた花火を打ちあげるとのこと。競馬組合の職員、警備員、食堂の従業員、馬券売り場のオバチャンたちがスタンドに集ってきた。16時15分、花火を打ち上げた。少し暗くなっていたので、さっきよりはきれいに見えた。
 「打ち上げ」には「事業や興行を終えること。また、その終了の宴」という意味がある。そのための打ち上げ花火だった。そしてそれは、競馬場で働いてきた人たちへの「お疲れさん」という気持ちが込められたものだった。
花火師が待機している。売り場のオバちゃん、食堂の人たち、警備や組合の職員たちが集ってきた 数発ドカーンと打ち上げ

【タッキー】
 タッキーの画像を集めてみた。
 この日もタッキーは大活躍。子供連れの人気者だった。自分にも愛嬌を振りまいてくれて、カメラを向けるとポーズを取ってくれた。
 競馬場のマスコットで一番好きなキャラだよ。さようなら、タッキー・゚・(ノД`)・゚・
こっちにも手を振ってくれるタッキー(^-^) 騎手会長の挨拶時におどけるタッキー(^-^; バイバイ、タッキー・゚・(ノД`)・゚・

【とちぎ大賞典も雪で中止】
 この日は各地で競馬の中止が相次いだ。福山、大井、高崎、そして宇都宮。
 宇都宮でも大晦日の大一番「とちぎ大賞典」が行われる予定だった。3月に廃止されるので、これが最後。しかし、中止になってしまった。5レースまでに開催が中止になっていれば、翌日に代替開催することもできた…と聞いたので、「残念…」と思っていた。
 しかし、3月14日に「とちぎ大賞典」を実施することが後日発表された。

【大晦日。高崎の夜】
 駅まで歩いて戻り、めぼしを付けていた居酒屋に行った。これが大当たり。よりによって最後の日に、また行きたいお店が見つかってしまった(ノД`)
 外に出ると雪は止んでいた。本当に天気予報どおりの、競馬をやるときだけの雪だった。
 自分は鈍行列車で都内に戻り、宮崎に翌日帰った。

【これから】
 高崎所属馬は同じ北関東の宇都宮には出走できない。ただし、JRAや他地区のレースには出走できる。とりあえず、根岸Sに4頭が登録している。
 ジョッキーは宇都宮で騎乗可能。移籍の話は4人は聞いた。佐賀に3人、あと1人はナイショ。冬に休む競馬場は敬遠されているらしい。
 3月まで、他場やJRAの発売は行われる。

【最後に】
 あっさり終わったな…と思います。引きずられるものはありませんでした。
 「名残を惜しむファンが多かった」というコメントを見かけたり聞いたりしますが、それは違うと思います。物貰いをしていた人々に“高崎競馬のファン”がどれだけいたのか。彼らの顔、盛り上がりを見るにそんなものは感じられなかったです。だから自分は“ファン”じゃなくて、“人々”という言い方をしてるんですけどね。
 最終日の来場者は6700人。通常時の3倍。競馬場の最終日はいつも「廃止祭り」。多くの人が楽しみにやって来ます。怒りや悲しみなんて薄いものです。
 惜しいか、悲しいか、悔しいか、楽しいか――どう受け取って感じるかは、人それぞれ。立場、関わり方、時間の長さ、考え方、どれだけ事実を把握してるかで違います。
 切ないけど、明るく終わった――これが自分の感想です。関係者も、いろんなものは内に込めて、最後は明るく終わらせたかったんじゃないでしょうか。競馬場を訪れた1人として感謝してます。

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