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Monday, March 14, 2005

宇都宮競馬を廃止に向かわせたもの 「新競馬場計画」と「栃木県」と「農水省」

 笠松競馬の問題について「(2回目を)1週間以内には書きたい」はずだったのに、1ヶ月半も経ってしまった(その間に来年度の存続も決まった)。ここ最近はスポーツのキャンプや神楽など宮崎ネタばかりで、競馬ネタを疎かにしてしまった。笠松のことについては「楽しみにしてるよ」と声をかけてもらっている。今月中には書きたい。すみません。
 今回は宇都宮競馬について書かせていただく。

 宇都宮競馬は今日、2005年3月14日で56年の歴史に幕を閉じる。と同時に、北関東から競馬の火が消える。今日は多くの人が競馬場に足を運んで、場内は「祭り」のように活気に満ちているだろう。自分も宮崎から上京して行く予定だったのだが、貧乏人の止むに止まれぬ事情のために断念してしまった('A`)

 宇都宮競馬の廃止までの流れを整理してみよう。
 宇都宮の県営競馬は1948年から始まった。県営競馬は「ドル箱事業」で、財政に400億円近い貢献を果たす。しかし、経営が悪化して98年から単年度赤字を出すようになってしまい、03年度の赤字額は8億5千万円。1日あたりの入場者数は91年の4400人から2040人までに半減してしまった。
 栃木県の県競馬検討委員会は02年の秋に、福田昭夫知事に「05年度までに単年度黒字にできなければ廃止」「経営状況が予想以上に悪化した場合は速やかに廃止」という答申を出している。03年の3月3日には、同じ栃木県内の足利競馬が廃止した。
 04年、状況は悪化する。赤字体質は解消されず、競馬事業のために積み立てていた競馬基金の底が見え始めていた。同じ北関東の高崎競馬も廃止に向かっていた(04年12月31日に廃止)。8月25日には県競馬委員会が「今年度で廃止」の意見を集約。9月15日に関係者団体が作る宇都宮競馬存続委員会が独自の事業改善案と陳情書を福田知事に提出したが、9月30日の県議会総務常任委員会で不採択となってしまう。そして10月19日、福田知事が「税金で競馬の赤字を補てんすることは県民の理解が得られない」との理由で04年度限りでの廃止を表明した。

 自分が宇都宮競馬の廃止を"予感"したのが03年4月。3月の足利競馬の廃止を見てから、「宇都宮競馬場はどうなんだろう?」と思って行ったときだった。月曜とはいえ、北関東桜花賞という重賞の開催日にも関わらず、場内はガラ~ンとして活気がない。「ダメだこりゃ。そう長くはないかも…」とガッカリしながら帰ったのを憶えている。
 "確信"したのが03年12月、とちぎマロニエカップの日。競馬事務所の関係者から、こういう話を聞いた。「競馬基金がこのままでは来年度で無くなってしまうが、借金してまで競馬事業をやるつもりはない」と。
 競馬関係者のメディアでのコメントで県競馬委員の意見集約や知事の記者会見について「驚いた」とか「寝耳に水」といったものを見かけたが、これには違和感を感じずにはいられない。自分が1年前に知っていたのだ。競馬を止めることを。関係者が知らなかったとは考えられない。

 宇都宮が競馬事業を続けるか否かのキーワード「競馬基金」。正式には「競馬事業関係基金」で、これは笠松競馬の存廃問題でも重要なものとなった。笠松競馬は単年度赤字は出しても、累積赤字は出していなかった。赤字分を競馬基金から取り崩して補っていたからだ。基金が無くなりそうになって、一般会計からは補填できないということで廃止が現実的なものとなった。宇都宮競馬も似たような状況と言える。
 宇都宮の競馬基金の残高はどれぐらいなのだろうか。調べてみたら、これが驚きものだった。1997年度(平成9年度)から見てみよう。
 97年度末で「県営競技事業施設整備基金」が124億3730万8057円、98年度末が116億6287万752円、99年度末が99億6257万4263円、00年度末が94億2973万1443円、01年度末が87億8887万5779円。02年度末は「県営競技事業運営基金」というのが5億5820万2602円発生している(これは足利との手切れ金ではないだろうか)。施設整備基金が79億773万8817円なのでトータル84億6594万1419円。03年度末は施設整備基金が69億8691万7311円、事業運営基金が20億1668万6717円でトータル90億360万4028円。
 なんと90億円。これは地方競馬主催者の競馬基金で一番多い額だ。特別区競馬組合(大井)の財政調整基金が02年度末で272億4801万6656円あったが、基金条例を廃止したので03年度末は0円になっている(200億円の内部保留があるので、これを実質的に基金と見ていいが)。岩手が約1700万円、金沢(石川県営)が約24億円、兵庫が約15億円。宇都宮が積み立てた額はかなり大きかったのだ(各主催者の競馬基金については、また日を改めて触れたい)。
 しかし、宇都宮は「最高で約130億円あった積立金もほぼ底をつき、県の一般会計を脅かす状況」(2004年8月26日、毎日新聞)、「今年度末も約7億円の赤字が見込まれ、これまで赤字を補てんしてきた競馬関連基金も残高は2億2000万円とほぼ底をつく見通し」(2004年10月20日、毎日新聞)。基金の大部分が何かで失われるのだ。いったい何のために?
 それが、宇都宮の「新競馬場計画」だ。そして、新競馬場計画で無駄な金を使ったのが「栃木県」であり、県を振り回したのが「農水省」である。

 宇都宮競馬場は、他とは違った事情がある。それは「外厩舎」。一般の競馬場では厩舎を1ヶ所に集めてトレセン化しているが、宇都宮は競馬場周辺に厩舎が点在している(敷地内に8厩舎、周辺に27厩舎ほど)。自分の持っている地図を見ると東部宇都宮線を挟んだ向かい側にも10厩舎ほどあり、さらに離れたバイパスの向うにも2厩舎ある。地図に載っていない場所にもあると聞いている。範囲は広い。競走馬は調教や競馬のため、厩舎から道路を歩いて競馬場に向かう。ちなみに、この宇都宮の外厩舎については2005年3月9日の九スポ(東スポ)の特集で紹介されている。
 この外厩舎が「問題あり」と言われていた。まずは「公正なレースの確保ができない」。住宅地などにある外厩舎は一般人が立ち入りできるからだ。交通上の問題もある。宇都宮の名馬・カネユタカオーが交通事故で死んだのは有名な話。03年の1月27日には新聞配達の女性が乗ったオートバイが調教のため競馬場に向かっていた馬と衝突、女性が死亡する事故が起きている(これは付近の住民に悪いイメージを与えたのではないだろうか)。家畜伝染病予防上の問題も指摘されている。川崎競馬場周辺にも外厩舎があったが、今は小向のトレセンにしかない(川崎の外厩舎跡については、これも日を改めて)。
 この外厩舎問題がかなり以前(1960年代)から問題視されており、農水省が解消を強く指示していた。
 県は壬生町羽生田地区への新競馬場移転計画を立ち上げる。それは、競馬場やトレセンだけでなく、レクリエーション施設も備えた馬事公苑にするものだった。総事業費は470億円。98年には厩舎地区の先行整備に着工している。

 しかし、この計画は翌年に凍結される。理由は「経営状況の悪化」だった。予定地は先行整備だけされて、維持費も毎年かかっている。
 競馬場を建設した場合の建設費が370億円、厩舎地区の先行整備費が80億円。造成費用が18億円。先行整備費と造成費はすでに使われており、しかも「基金からの返済を前提に借金した金」だ。そう、宇都宮競馬の多額な競馬基金は、この借金で消えるのだ。
 競馬基金のマックス値が130億、新競馬場の事業費が470億円。この事業は最初は厩舎地区の移転だけだったが、県会議員が執行部に競馬場の移転も迫り、それを地元や競馬関係者も指示、県もそれを受けたと下野新聞の特集にはある。「見通しが甘すぎ」「バカだ」としか言いようがない。
 さらに、外厩舎の解消を指示していた農水省が態度を変えている。宇都宮の競馬事業の抱える課題について整理した資料に、新競馬場整備についてこんな記述がある。「公正確保、防疫上問題がなければ、内厩舎にこだわらないとの確認を農林水産省から得た」。この変化は宇都宮の悪い経営状況のせいかもしれない。しかし、農水省が何も言わなければ、この無謀な計画は起こらなかったのではと思う。

 単年度赤字を解消さえすれば、黒字にさえすれば競馬は続けれた。それができなかったのだから、主催者も競馬関係者もそれをしなかったのだから(足を引っ張っていた人たちもいるし、この期に及んで金を取るだけ取ろうとしている人もいると聞いている)、廃止は止むを得ないと言える。活気の無い競馬場を思い浮かべると、それは強く思う。存続委員なんてものを立ち上げるのが遅すぎたのは危機感が無かったからだし、ジョッキーや調教師ら関係者もプロとして客を呼ぶことをどれだけしたのか。
 しかし、新競馬場計画さえなければ、栃木県や農水省がちゃんとしていれば、北関東競馬が今日で終わることはなかった。
 個人的な話だが、自分は宇都宮との相性はなぜか良かった。万馬券も当てたし、馬券についてはいい思いをさせてもらった。マズいけど、100円焼きそばは必ず食べた。知り合いの記者は「宇都宮競馬場が好きなんですよね」と言っていた。ベラミロードが東京盃をタイレコードで勝ったときは、本命だったけどビックリした。上山競馬場が廃止したとき、打ち上げの席で実況の藤さんに足利競馬の話や、足利の伝説的名手・福田三郎さんの話を聞かせてもらった。自分が宇都宮に、競馬を観に行くことはもうない(早い内に行ければ外厩舎とか見たいし、話を聞きたい人がいる)。
 それにしても、国政は地方競馬をいつまで見殺しにするのだろうか。

【参考】
下野新聞 連載「凍るひづめ」(2004年10月21日~27日)
下野新聞 特集「宴のあと 第5回 新競馬場計画」(2002年8月19日)
2001年12月10日の入場門 第1回とちぎマロニエカップ。ビーマイナカヤマがノボジャックに勝った。自分の懐はウハウハに
2003年4月14日北関東桜花賞。桜が咲いていた コースを馬が走っても、スタンドとラチ沿いはガラガラ…
2003年5月19日。ミスターピンク・内田利雄 2003年12月9日。とちぎマロニエCを勝ったビワシンセイキと横山典弘

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