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Thursday, April 28, 2005

宮崎神宮流鏑馬

 宮崎で一番大きい神社、宮崎神宮。この宮崎神宮で祀られているのが神武天皇(神武天皇の父母も)。その神武天皇崩御の日、4月3日に「宮崎神宮神武天皇祭 古神事 流鏑馬(やぶさめ)」が行われた。
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 宮崎神宮社務所でいただいた資料に、流鏑馬の由緒についてこう書かれている。

 神事流鏑馬は鎌倉武士の装束に身を固めた騎馬武者たちが、馬を疾駆して大弓で的を射る古神事です。新緑の神苑にくり広げられる勇壮華麗な春のこの神事は、さながら一幅の絵を見るように、なつかしい国振りの歴史を再現してくれます。古く、日向の国は(中略)良駿の産地でありました。流鏑馬の発祥はつまびらかではありませんが、神武天皇さま御東遷前の故郷で、古来敬神尚武の気風篤く、古武道精神の精髄ともいうべき流鏑馬が盛大に催されたことは当然でありました。
 自分の間違いでなければ、日本史では流鏑馬は「騎馬に乗って的を射るもので、武士の訓練のひとつ」だったような。たしか、鎌倉時代の武士の営みの項で教わったはず。その流鏑馬がどうやって神事になったかはわからないが、日本各地の神社で行われている。
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 つづいて、宮崎神宮の流鏑馬についての引用。
 神武さまの流鏑馬は昭和15年、紀元2600年を慶祝して復興されましたが、中世の頃には、秋のみのりの豊穣に湧き立つ農民たちが、大勢集って「ヤクサミ」という競べ馬を催す神事に変化しておりました。天保年間に高木正朝という紀伊の国人が著した『日本古義』に(中略)すでに草競馬に変化していたことがうかがわれますが、花の武道精神と土の匂いのする農耕のみまつりがめでたく結びついた、我が国ぶりの神事であるといわなければなりません。
 つまり、昭和15年に流鏑馬が復活した(戦時中のことはわからない)。中世の頃は草競馬として行われていた。新聞記事には、流鏑馬の目的として「五穀豊穣を願って」と書かれていた。
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 流鏑馬の行事について。ここで写真を使って紹介しているのは「流鏑馬本儀」。前日の2日には「流鏑馬行列」が行われる。衣装を着た射手や諸役の行列が大淀川河畔の川原祓斎場に向かって、「川原祓いの儀」を行うもの。この日、自分は大分にいたので、これを見ることはできなかった。
 3日は神武天皇祭。饗膳・神酒を賜う「饗膳の儀」、本宮神前にて振弊を奉る「奉弊の儀」、そして「流鏑馬本儀」と続く。
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 午後2時、流鏑馬が行われる神宮流鏑馬馬場に向かった。場所は宮崎神宮の西にある護国神社の裏にある林の中。訪れた人で賑わっていた。直線馬場に沿って、ズラ~と人波が続いている。若い人から年配の方までいろいろ。子供づれも多いし、外国人もけっこう見かけた。
 目を見張ったのが桜。咲き誇る桜の木々が、これまた直線馬場に沿ってズラ~と並んでいる。まるで、桜の回廊だ。
 直線馬場は長さ220m。藁で覆った柵があって、幅は馬1頭が通れるほど。内側だけダートになっている。的は進行方向左側に3つ。
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 出発点では馬にまたがった射手たちが待機していた。衣装は鎧兜ではなく、狩りを行うようなもの。大人もいれば、子供もいる。馬は軽種馬から重種馬までさまざま。
 馬の引き手など、流鏑馬にたずざわる人たちも昔ながらの装束を着ている。馬場本役が出発点と到着点、的に5人おり、日の丸の付いた扇を掲げて返すと(合図を送ると)、射手が馬を追い始める。
 出発してからは一の矢、二の矢、三の矢を馬上から放って的を狙う。馬場と的の距離は思っていたよりは遠くない。3mほどだろうか。けっこう近い。ただし、馬の上からだから難しい。
 的は樅(もき)の木で作られた正方形。矢が当たると、パーンと木目に沿って砕ける。この当たり的は一年の豊穣と発展を祝う縁起物であり、帰りに大事そうに持っている人たちを見かけた。
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 馬が走り出すと、みな人馬に注目する。矢が的を砕いたときの「わぁぁ!」という盛り上がりは凄かった。できるだけ近くで見ようとして注意される人もチラホラ。かなり近づく子供がいたのは危なかった。
 射手は上手い人もいれば、下手な人もいる。上手い人は速いスピードで馬を走らせ、弓を力強く引いて、的を3つとも豪快に砕けさせる(矢の力によって、的の壊れ方が変わる)。だいたいが遅めのギャロップか、速めのキャンター。子供は遅いキャンター。矢を持って弓を引くだけでも苦労している。そうこうしてるうちに的が近づいてきて、矢を手で投げてしまう子供もいた(笑)
 走る馬の上で上手くバランスを保つのは難しい。幸いなことに、ケガする射手はいなかった。ゴールした後に落馬したおじさんがいたけど、上手く受身を取っていた。
 昨秋の綾競馬もそうだったけど、人がほんといっぱいいて、そしてこの祭りを楽しんでいたのが印象的だった。
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 流鏑馬が一通り終わると「神録授与」。射手などが中央の拝所に集まり、そこで神録(流鏑馬奉納を神が嘉賞される紅絹の布)を射手が宮司から受けて、引き上げるもの。多くの人が見守った。
 帰りは桜をじっくり眺めてから帰った。ほんと綺麗だったな~。
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